書評

解説――小説家・永瀬隼介にとって重要な節目となった一冊

文: 村上 貴史 (ミステリ書評家)

『刑事の骨』 (永瀬隼介 著)

刑事ならざる者

 それにしても永瀬隼介は、刑事の座にない刑事を描くのが実に巧みである。

 本書についていうならば、不破と田村がそうだ。不破は刑事の座を追われた人物であり、田村は刑事に憧れながらもその座につけなかった人物だ。そんな彼等が、“刑事ではない自分”を意識しながら真相を追っていくその心理が、特に第二部で実に見事に描き出されている。それも、『刑事の骨』の終盤で「組織あってのサツカンだ」と明示的に言葉にされたように、“警察官という自分は、警察組織があるからこそ成立している”という現実と対峙させながら語っているのだ。苛烈な追及だが、ここまで登場人物を追い込むからこそ、彼等の人としての強さが伝わってくるのだといえよう。

 永瀬隼介が発表してきた作品には、警察小説に分類されるものが少なくないが、それらにおいても不破や田村のように“刑事ではない者”や“警察官ではない者”が描かれてきた。

 二〇〇七年の『退職刑事』は、その代表例といえよう。警察官をやめて一般人になった男の物語をはじめとして、“刑事ではない者”の五つのドラマを味わえる。二〇〇九年の短篇集『完黙』でも退職寸前の刑事や捜査一課から所轄に飛ばされた刑事などを読むことが出来る。警察庁長官狙撃事件を題材とした『狙撃 地下捜査官』(二〇一〇年)では、特務監察官(警察官の犯罪を暴く警察官)という、警察組織のなかで極めて特殊な立場の警察官を中心に据えたりもした。本稿執筆時点での最新刊となる『三日間の相棒』(二〇一三年)の主役の一人、佐藤龍二も、かつては埼玉県警捜査一課のホープであったが、今では鹿谷署会計係に左遷された人物という設定だ。

 そもそも永瀬隼介が初めて警察官を小説の中心に据えた二〇〇三年の第五作『閃光』(三億円事件の謎に挑んだ小説だ)においてからして、退職間近の老刑事が主人公であった(『閃光』に続いて『ポリスマン』という作品を発表しているが、こちらは警察小説ではなくプロレス小説。ポリスマンとは、リングの掟を破った者をたたきのめす役割の人物を示す隠語である)。二〇〇九年の『罪と罰の果てに』では、ある人物の少年時代の姿をたっぷりと描いた後に、その少年が警察官になってからの姿を提示するかたちで、彼のなかに存在する“非刑事”を描写したりもした。また、永瀬隼介にしては珍しいシリーズ作品『天涯の蒼』(二〇〇四年)『去りゆく者への祈り』(二〇〇六年)は、警察小説ではなく私立探偵小説と呼ぶべき作品だが、その主人公、古城辰郎もまた警察から放逐された過去を持つ。

 永瀬隼介は、組織に無邪気に所属しているだけの存在ではいられなくなった人々(元刑事など)を、小説の主役に据える。彼等は事件を追いつつも、自分自身のあるべき姿をも必死に模索している(永瀬隼介は、主人公に対して組織の反対側に家族を置いて、この模索をさらに深くすることも多い)。そうした二つの心理が、物語の構造と鮮やかに一致したのが、本書『刑事の骨』である。その意味で、本書は永瀬隼介の警察小説の(実際には刑事ならざる者の小説だが)代表作といえよう。

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刑事の骨
永瀬隼介・著

定価:750円+税 発売日:2013年10月10日

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