――そんな国家間の大問題によって発展してきた理論が、この作品の中ではシャブの売人二人による縄張り争いに適用できてしまっているのが面白いですね。
あまり話を大きくするよりも、このくらいせこい話の方が身近に感じられると思って(笑)。あと、ゲーム理論で面白いのは、お金持ちってどういう人なのかという話をした時、一般的には貧乏人は心が善良で、金持ちは強欲で嫌な奴というイメージがありますよね。でも、ゲーム理論的には逆なんです。人はなぜ金持ちになれるかというと、他の人を信用するからで、金持ちになる人がやっているのは、まさに「しっぺ返し戦略」なんですよ。
――作中にも出てくる、まずは相手と協調し、相手が裏切ったら裏切り返すという戦略ですね。
はい。この戦略の良いところは、いろんな人とビジネスができるということ。自分の狭い世界だけじゃなくて、新しい世界でビジネスチャンスを掴むことができるんです。裏切られて損をするかもしれないけど、逆に大きなチャンスを掴めるかもしれない。貧乏な人は猜疑心(さいぎしん)が強くてそれをしないんですよ。この社会心理学的な差はわりと明確に出ているんですが、世間のイメージとは逆。その辺りも面白いんですよね。
――第三講では、小学校でいじめを受けている少年が研究所を訪れます。博士はいじめの構造をネットワーク経済学で説明していきますが、この発想も大変独創的でした。
いじめはネットワーク経済学の理論で説明できると前から思っていました。ネットワークの特徴であるフィードバック(増幅効果)って、「金持ちはどんどん金持ちになる」などポジティブな面でしか説明されませんが、反対側、マイナスのフィードバックもあります。いじめって、まさにネットワークの中で起きるマイナスのフィードバックなんです。フィードバックを止めるにはネットワークを壊すことですが、それはなかなか難しい。一番単純でベストの解決方法は、転校してそのネットワークから外に出ることなんです。でもそれだと物語にはならないので、家庭の事情により転校はできないことにしました。
――このエピソードでもリンレイが大暴走しますね。そして、最終的に少年は、別の形でいじめの構造から抜け出します。そこには人間関係に対する橘さんの考え方も反映されているように感じましたが?
いじめが辛いのは、学校の友達というネットワーク以外の世界が子供の生活に無いから。その世界から排除されてしまうことへの恐怖のせいで、どんなにいじめられてもその輪に入っていこうとする。でも、そのネットワークから自分自身が離脱すればそれでいいんじゃないか、という思いは前からあって。学校の狭いクラスの中で自分の場所を作らなきゃいけない必要はどこにもない。それが分かれば、いじめの辛さもだいぶ違うんじゃないでしょうか。
――いじめ問題をネットワーク理論にあてはめて考えることで、「勇気を出していじめに立ち向かう」的な解決方法が、いかに難しいものなのかも分かります。
ネットワーク構造の問題だから、戦ってもほとんど効果はないんです。
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ソロスから学んだこと
2014.05.28書評
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