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スラップスティックな物語に経済理論をあてはめる

スラップスティックな物語に経済理論をあてはめる

丸本 大輔

『亜玖夢博士の経済入門』 (橘玲 著)

出典 : #本の話
ジャンル : #小説

――第四講「社会心理学」では、マルチ商法の販売員が博士の研究所にやって来て、怪しい商品を売りつけようとします。テレビなどでマルチ商法に関するニュースを見るたびに、「なぜ、こんな嘘くさい話に引っかかる人がいるのだろう」と不思議に思っていたのですが、「コールドリーディング」などの手法も説明されているこの章を読んで、その構造が理解できました。

 人間の脳には騙されやすい傾きというか癖みたいなものがあるので、それを上手に使われたら簡単にはまってしまいます。占い師や詐欺師もそれは承知で、そういうことにまったく無防備だとひどい目に遭う。でも、知っていれば「コールドリーディングを使ってるな」と分かる。そうなると単なるエンターテイメントになるんですよね(笑)。

――最終章の第五講では、自分探しをしている少し不思議系な女の子に、博士が「ゲーデルの不完全性定理」を説きます。数学史上の大発見が、現代の若者的な悩みと結びつく展開が非常にユニークですね。

 ちょっとアクロバティックなんですけどね(笑)。不完全性定理の結論そのものは非常にシンプルで、つまり「自分で自分は証明できない」ということなんですが、その数式を見ても普通の人にはまったく分からない。それを分かりやすくする方法として、自分探しをしているあかねという女の子が出てくる話にしました。私見によれば、ゲーデルの業績は、「世界の秘密を知ることはできないけど、探すことに意味がある。分からない世界に住んでるから楽しいんだよ」ということを証明したことなんです。

――第一講から第五講までのすべてに共通していることですが、この作品を読むことで、知識を持つことが自己防衛のためにもどれだけ大切なのかが分かります。

 あまり良い表現ではないのですが、突き詰めていけば知識社会というのは、知識のある人間が、知識の無い人間から搾取する世界だと思うんです。それが気に入る、気に入らないは別として、そういう社会の中で生きていくしかないと考えると、自分の身は自分で守るほかない。搾取する側に回れとは言いませんが、ある程度は自分も知識で武装しないといけませんよね。

――その感覚と実践のノウハウを読者に伝えるための本でもあるということですね。

 基本的にはエンターテイメントを書いているつもりなので、読者の方に楽しんでもらえたら十分です。あと、読むとちょっと得する本なので、そのプラスアルファを生かしてもらえたら嬉しいですね。前から私がやっているのは、一部の人だけが知ってる知識をもっと大衆化しようということなんです。例えば、『マネーロンダリング』で書いたタックスヘイブンの話も、昔はごく一部の富裕層しか知らなかった。けれど、そんな狭い世界で知識を囲ってもつまらないから、もっとみんなが知るべきだと思ったんです。よく「本を書くよりもコンサルタントでもやった方が儲かるんじゃない?」って言われますが、そんなことをしても全然面白くない。それよりも、世の中の仕組みはこんな風になってるんだよ、って手品の種を明かす方がずっと楽しいんです。だから、「こんなことまで書かれたら商売できないじゃないか」って、結構怒ってる人がいるみたいですけど(笑)。

亜玖夢博士の経済入門
橘玲・著

定価:本体524円+税 発売日:2010年06月10日

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