「大丈夫よ。私のことなんか誰も知らないわよ」
「私の友達が、こないだデパ地下で藤堂志津子を見たよ、って言ってました」
「あらっ、ほんと?」
また、別の日にはこんなことを言いだした。
「私ね、杖をつこうと思うの」
「そんなに足がお悪いんですか?」
「そうじゃないんだけど、杖をつけば、ちゃんとおばあさんに見られるでしょ。そうしたら、地下鉄のシルバーシートに堂々と座れると思って」
「やめてくださいっ。杖をつけばおばあさんに見られるとは限りませんから」
「あら、そうかしら」
藤堂さん、大真面目なのである。
こんなことを書くと、「藤堂志津子って気さくでかわいい人なのね」と思われるだろう。もちろん、そうだ。しかし、もちろんそれだけではない。
私が密かに抱いている藤堂さんのイメージ│それは「魔女」と「子犬」だ。
まるで何百年も生きているかのような老熟したまなざし、そしていたずらに夢中になるときのきらきらと無邪気なまなざし。このふたつのまなざしが同居しているのである。
藤堂さんとおしゃべりしているとき、私は何度もその表情の変化にどきっとさせられた。おもしろい話題で笑っているときの藤堂さんは、新しいおもちゃで遊んでいる子犬のような表情なのに、人間の本質について語りだした次の瞬間には、無数の生死を見届けてきた魔女の顔になる。
藤堂作品の核になっているのは、この魔女のまなざしだと私には感じられる。しかし、藤堂志津子という魔女は、高みから静かに眺めるだけで、決して魔法を使うことはしない。
プレゼント
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『赤毛のアン論』松本侑子・著
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