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解説(隣室のモーツアルト)

解説(隣室のモーツアルト)

文:まさき としか (作家)

『隣室のモーツアルト』 (藤堂志津子 著)

出典 : #文春文庫
ジャンル : #エンタメ・ミステリ

「大丈夫よ。私のことなんか誰も知らないわよ」

「私の友達が、こないだデパ地下で藤堂志津子を見たよ、って言ってました」

「あらっ、ほんと?」

 また、別の日にはこんなことを言いだした。

「私ね、杖をつこうと思うの」

「そんなに足がお悪いんですか?」

「そうじゃないんだけど、杖をつけば、ちゃんとおばあさんに見られるでしょ。そうしたら、地下鉄のシルバーシートに堂々と座れると思って」

「やめてくださいっ。杖をつけばおばあさんに見られるとは限りませんから」

「あら、そうかしら」

 藤堂さん、大真面目なのである。

 こんなことを書くと、「藤堂志津子って気さくでかわいい人なのね」と思われるだろう。もちろん、そうだ。しかし、もちろんそれだけではない。

 私が密かに抱いている藤堂さんのイメージ│それは「魔女」と「子犬」だ。

 まるで何百年も生きているかのような老熟したまなざし、そしていたずらに夢中になるときのきらきらと無邪気なまなざし。このふたつのまなざしが同居しているのである。

 藤堂さんとおしゃべりしているとき、私は何度もその表情の変化にどきっとさせられた。おもしろい話題で笑っているときの藤堂さんは、新しいおもちゃで遊んでいる子犬のような表情なのに、人間の本質について語りだした次の瞬間には、無数の生死を見届けてきた魔女の顔になる。

 藤堂作品の核になっているのは、この魔女のまなざしだと私には感じられる。しかし、藤堂志津子という魔女は、高みから静かに眺めるだけで、決して魔法を使うことはしない。

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隣室のモーツアルト
藤堂志津子・著

定価:600円+税 発売日:2013年10月10日

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