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〈Q&Aに基づくインタビュー〉日々のこと、創作のこと

〈Q&Aに基づくインタビュー〉日々のこと、創作のこと

「本の話」編集部

『死神の精度』 (伊坂幸太郎 著)

出典 : #本の話
ジャンル : #小説

最初に〈Q&A〉をお読みください

■伊坂幸太即にまつわるエトセトラ

Q 何時から何時までが一日の活動時聞ですか?
A 朝の四時とか五時に起きて、夜の十時くらいには眠っています。早寝です。すみません。

Q 影響をうけた人物を三人あげるとすると?
A (1)手塚治虫 (2)大江健三郎 (3)コーエン兄弟

Q 彼らの作品の暫定ベスト1をそれぞれあげてください。
A (1)「七色いんこ」 (2)「叫び声」 (3)「赤ちゃん泥棒」

Q 最後の食事は何を食べたい?
A 鳥の唐揖げか漬物。
  鳥の唐揚げは好物なので。漬物は大嫌いなので、最後にもしかして、万が一、「食べておこうかな」と思いたくなるかも。ならないか。

Q 大人になって食べて、衝撃が大きかった高級料理は何ですか?
A 本格的な杏仁豆腐、ですかね。

Q 創作ノートはとる? とるとすると、どんなもの?
A 思いついたアイディアや好きな言葉をメモしたり、登場人物の名前を書いて、それをぐりぐり円で囲んでみたり、線を引っ張ったり、後から見てもよくわかんない感じです。

Q 好きな虫は?
A 図鑑で見たツノゼミ。様々な形態があって、本当に驚きました。だいたい、虫全般が好きで(触れないですけど)、あの気色悪いフォルムと多様性に、うっとりします。ずいぷん前、「ミクロコスモス」という映画、発売日にLDで買っちゃいました。あと、グンタイアリに興味があります。グンタイアリ特集とか、テレビでやらないんでしょうか? グンタイアリのノンフィクションとか、めちゃめちゃ読みたいんですが。

Q 伊坂作品の第一読者は奥様?
A そうですね、彼女が最初に読んでますね。

Q 「重カビエロ」の登場人物らしき人が新作で登場していますが、あれは彼ですか?
A 彼ですね(笑)。おそらく、露骨に彼が出てくることに、批判的な意見もあるんじゃないかなあ、と危惧してはいるんですよね(狙いすぎ、とか。関連がない、とか)。
 そもそも僕は、映画のカメオ出演とかも、「内輪受けじゃないのかな」と思ってしまうので、抵抗があるんですよね。
 ただ、僕としては死神と彼を出会わせて、話をさせたかった。それだけでした。正直、そのあたりは読者無視、と言うか(笑)、会話をさせたいんだから仕方がない、という感じで、最初に書いた時には、二人のやり取りが楽しくてどんどん書いてしまい、その部分だけ、「重力ピエロ」の雰囲気が強くなってしまったので、かなり、カットしました。

Q 「死神」の千葉がもっとも気に入った曲は何だと思いますか?
A 僕自身が「死神と藤田」という短編が非常に好きなので、あれに出てくるストーンズの曲は、千葉も気に入った、と僕は信じたいです。「死神と藤田」のラストのシーンを思い出しながら、「ロックスオフ」とか聴くと、あまりに能天気な感じで、いいですよ(笑)。

Q どんな小説を書いていきたいと思っていますか?
A 奇を衒っているわけでもないのに、この先どうなるのか分からない。というお話が、小説でも映画でも好きなんです。オリジナリティ、世界観がしっかりしている、というか。ティムパートンとかテリーギリアムとかクストリッツァとかジョンカーペンターとか、ああいう監督は何を作っても、その監督の世界になりますよね。ああいうのに、憧れます。

『死神の精度』 (伊坂幸太郎 著)

――早寝、早起きは、いつごろからの習慣なんですか。

伊坂 結婚してからですね。前は夜型だったんですよ。結局、奥さんが寝ている間が一番自由じゃないですか。そうすると、早朝は確実に、彼女が寝ているわけで(笑)。起きて、まず一時間くらいでメールとかいろいろ雑作業をする。そのあと空いた時間で小説を書く。それから、うちの奥さんが出勤するのと一緒に僕も家を出る。いつも八時半くらいに、ドトールにつく。

――ドトールでどのぐらい粘られる?

伊坂 気が弱いんで、二時間が限界でベローチェに移動します(笑)。ハシゴですね。仙台中の喫茶店を歩きまわってますよ。あ、ただ、最近、ぼくちょっと贅沢になってきたのか、天狗なのか(笑)、ドトールがスターバックスになってきつつあるんですけどね。値段がすこし高いけどいいか、みたいな。朝はスタバのほうが空いているんですよ。禁煙なのも、いいかなと思って。

――影響を受けた三人のうち、手塚治虫で『七色いんこ』というのはなかなか渋い選択ですね。

伊坂 これはたぶん、ぼくにすごい影響を与えてます。最終回が切ない話なんですよ。この、悲しいんだけど、前向きなやりきれない雰囲気というのがすごい好きなんですよねえ。そういう面ではかなり影響があります。それまで一話完結のお話がコンスタントに続いて、最後にすべてそこに集約されるような大きい物語が来る。そしてラスト、なんといっても舞台に上がっていくシーンで終わるっていうところ(注・『七色いんこ』は天才的な代役専門の怪盗が主人公)、あれがぼくにはすごい感動的で。実は、新潮社の担当者さんもこの漫画が好きで、それをお互いに告白し合ってから、心の友になれたような気がしますね(笑)。講談社から、『手塚治虫漫画全集』って四百冊くらい出ているんですけど、買うのが夢なんです。

――『叫び声』は最初に出会った大江作品だそうですね。

伊坂 大江さんはぼく大学時代にはじめて読んで、あんまり知識とかないから、「ああ、すごい作家が出てきたなあ」とか思っていて(笑)。それでうちの親父に言ったら、「俺んときからいる」と言われちゃって。当時はああいう小説をよく知らなかったので、衝撃を受けました。主人公が若い男の子で、三人出てきて、という組み合わせはその影響でなのか、結構好きですね。『チルドレン』でも三人男が出てくるとか、影響されているかもしれない。

――コーエン兄弟はなかでも『赤ちゃん泥棒』。

伊坂 もう、『赤ちゃん泥棒』です。この作品がなければ、コーエン兄弟にここまでの思い入れはない、というくらい好きですね。ファニーな感じっていうのがいいです。『赤ちゃん泥棒』はレーザーディスクでも持ってるし、DVDでも持ってるしみたいな。ジャン=ジャック・ベネックスの『IP5』も、もうあらゆる媒体で持ってるぐらい好きなんですけど、匹敵しますね。ニコラス・ケイジのいい人っぷりが泣けてくるほど好きなんです。関係ないのですが、『重力ピエロ』でグラフィティアートが出てくるのは、『IP5』の影響があるのか、って時々訊かれるんですよね、あの映画も主人公がグラフィティアートを描くし。たぶん、影響はあるんでしょうね、めちゃくちゃ観ていましたから(笑)。

――そういう他作品からの影響はご自分で意識されますか?

伊坂 意識しないですね。ただ、それとはまったく別のことで気になることもよくあって。たとえば、去年、『デスノート』という漫画を、面白いなー、と思って読んでいたら、「あ、これも死神の話だ」とはっとしまして。この漫画から、死神の発想を得た、とか思われたら寂しいなあ、と思って(笑)、慌てて、初出みたいのを見てみたんですけど、とりあえず、ぼくのほうが書いたのは先だったので、ほっとしたり(笑)。死神なんて今まで山ほど書かれている題材だし、誰も、似ている、とか思わないんでしょうが、勝手に気になったりはします。

――――コーエン兄弟のテイストと伊坂さんの作風には一脈通じるところがありますね。

伊坂 何だろう。会話のばかばかしい感じのやり取りっていうのは、きっと影響受けているんじゃないかな。真面目な顔してばかばかしいことを言ったりするところ、いいですよねえ。『バートン・フィンク』なんか、けっこう深刻な感じで押してくるので、あまり好きではないんですけど。でも、ばかばかしいだけに流れちゃうと、それはそれでいやなんです。ばかばかしいことで、免罪符というかクオリティが低いことの言い訳になっちゃうっていうのは、ちょっとつらいんですよ。きちんとやるんだけど、かわいらしい部分も自然と出てしまうみたいなところが好きで。だから「コーエン兄弟っておしゃれでスノッブな感じがする」って批判されるのを読むと、「そうじゃない、ただ単にこの人たちの性格がこうなんじゃないか」と言いたいところもあるんですよね。それってぼくの小説に対する批判にもよくあることなんで、なんかシンパシーはあるな(笑)。「気取った感じがしてイヤだ」とか言われると、「いや、べつに気取ったわけじゃないんだ」みたいな。DVDのメイキングなんかみると、コーエン兄弟って、本当に笑いながら作っているんですよ。演出して、「ああ、おれたちの言っているようにやってるよ、あの役者」みたいな感じで。このひとたち、スタイリッシュとかそういうんじゃなくて、ただ単に楽しくやっているだけなんだなあ、みたいなのがすごい好きなんですよね。

――伊坂さんの執筆作業は、そんなふうに楽しんで書く面はありますか?

伊坂 ぼくは最近は苦しいですねえ。特にこの一、二ヶ月は辛かったんで、なんか思い出したくない感じです。本当は書きあがって一週間くらい何もしないで自分の作品を読みたいんですよね。そういうペースになれば嬉しいんですけど。忙しくならなければ、小説を書くのは好きです。

――もともと締め切りはあまり好きじゃないほう?

伊坂 今年の六月が久しぶりに、締め切りが一個もない月なんですよ。もう今からワクワクして。書き下ろしとか進められるじゃないですか。だからものすごく楽しみなんですよね。ただ、締め切りがなかったら、「死神」シリーズなんて一本も書かなかったろうし、よかった面も大きいんですけども。

――好きな虫、という質問も唐突ですが、お好きなんですよね、昆虫。

伊坂 答えを、いちばん熱く書いちゃいましたけど(笑)。触るのはやっぱり怖いんですよ。ただ、虫の不思議、とかそういうのが好きですね。あれだけ多様化していて、なんか謎の形してるじゃないですか。最近買った、『世界珍虫図鑑』を読んでいたら、面白いことが書いてあったんですよ。虫というのは、頭、胸、腹の三つに分かれていて、足が六本、羽があるっていうのが条件じゃないですか。ただ、そこで、デザイナーに「この条件で思いつく限りのデザインをしてみてくれ」って言っても、おそらくは実在する昆虫の奇抜さよりも奇抜なものは描けない、って。しかも必要に迫られて、そういう恰好になったわけじゃないですか。素晴らしい(笑)。

――最近、恋愛小説に初挑戦されたとか。

伊坂 ぼくとしてはかなり気合いを入れて書いたんですけれど、いろいろ複雑な思いもありましたね。ぼく自身が恋愛モノに興味が湧かないんですよ。たぶん、性格とか趣味の問題なんでしょうけれど。もちろん、自分の恋愛は大事なんでしょうが、小説を読む時には、あまりその部分に関心がなくて。しかもぼくの作風って、軟弱なんですよね(笑)。なのでいつもは、できる限り、テーマを硬質にしているつもりなんですが、恋愛、というのはぼくからすると、軟弱なテーマでして(笑)、だから、軟弱に軟弱を足すとやばいな、と憂鬱になっちゃいました。で、今度書いたのは、ホッキョクグマが関係している話なんですけど、これは最初に決めたんですよ。ホッキョクグマって可愛い印象がありますけど、やっぱり地上最強の肉食獣ですから、アザラシとか食うと血だらけになってるじゃないですか。それは軟弱さと対極にあるんじゃないかと思って、もうホッキョクグマにどうにかしてもらうしかない、と。どうにもなりませんでしたが(笑)。あとは、恋愛モノには、当事者だけが深刻に悩んでいるような、盛り上がっているような思い込みがあって、なんとか温度を下げようとしてみたところはあります。設定を探して。

――「温度を下げる」というのは、どの作品でも意識しているのですか。

伊坂 ああ、言われてみれば、温度は下げたいですねえ。そういう意味では、『死神の精度』は、死神がいるだけで全部温度が下がっていくので、非常に書いていて楽しかったですね。ただ、温度を下げると言っても、白けるとか、引いてるのは好きじゃないんです。真面目なことを見下したりするのには、すごく反発があって、だから、温度を下げる、というのはユーモアであったり、肩透かしであったり、そういう部分のイメージかもしれないですね。ばかばかしく伝えることを心がける、みたいなのは、ありますよね。

――温度ということでいくと、「旅路を死神」で死神が、ある別作品の登場人物と会いますが、そうすると、死神より彼のほうが、さらに温度が低いですね。

伊坂 死神のほうが何かユーモアがあるんですよね。意図したかどうかわかんないんですけど。ただ、あの登場人物ってぼくの思い入れがすごく強い登場人物なんで、書くときちょっと悩んだところがありました。最初はもっと、死神のほうが脅威を感じるっていうふうに書いていたんです。でも、死神が負けちゃうのは寂しいなあと思って、けっこう同じぐらいの力関係にした、みたいなところがあります。

――収録二番目の作品「死神と藤田」が大変気に入っておられるとのことですが。

伊坂 自分の小説のことを、好きとか言っても仕方がないのですが、ほんとに好きなんです(笑)。たぶん、今まで書いた作品、長編も含めて、その中で好きなものを挙げろと言われたら、何かと同率トップ、という感じになりそうな話です。詳しく言うとネタを割ってしまうので割愛しますが、結局、ハッピーエンドじゃないんだけど、喜怒哀楽に分類できない幸福感を読者に届けられるラストじゃないか、と確信したところがあって、それで、達成感があるんです。あとは、一生懸命信じて、祈ってる人、とかが好きなので。

――ほかに創作の上で気を使っていることというと?

伊坂 最近、会話文がすごいイヤになっちゃっているんです。なんか怠慢な気がしてしまって。会話で書いていくと楽じゃないか、脚本でもないのに、会話がこんなに並ぶって手抜きじゃないか、と悩んで。どうでもいい会話で三行くらい使っちゃうともう苦痛なんですよね。だから、せめて形式だけでも凝らないと小説としては意味がないだろう、と思って、ところどころフォーマットを揃えたりしています。こういう手法は佐藤哲也さんがよくなさるんですよね。複数の人物が対になるようにまったく同じ字数で喋ったり、同じ字数の地の文でつないだり。ぼくは悩んで、そういうやり方をしたんですが、佐藤哲也さんは最初からそういう感覚でやられてますからね。さすがだなあ、と思います。「旅路を死神」でも使ってみましたが、今書いている書下ろしではかなり揃ってます(笑)。

文春文庫
死神の精度
伊坂幸太郎

定価:770円(税込)発売日:2008年02月08日

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