2012.01.18 書評

五重塔を作った中世の人々がよみがえる、
89歳衝撃デビュー作

文: 橘 由歩 (ノンフィクションライター)

『見残しの塔 ――周防国五重塔縁起』 (久木綾子 著)

 取材に14年、執筆に4年――、この時間の密度をどう捉えればいいのだろう。どれほどの情熱とぶれない胆力が必要とされるのか、私には到底、想像すらつかないと正直に思う。

 しかも、“人生の秋”70歳からのスタートなのだ。70代から80代半ばという、世に老齢と括られる歳月の中で紡ぎ出された、新人女性作家の鮮烈なデビュー作が本書である。

 作者・久木綾子は「純文学」という自分が信じる道を、誇り高くまっすぐに突き進む。その世界は妥協やごまかし、媚びへつらいや計算など一切存在しない、混じり気のない清々しさに貫かれている。

 戦前、同人誌で小説を書き始め文学を志した経緯はあるが、結婚生活で筆を折った。妻、母、主婦として生きた半世紀を経て、伴侶を亡くし1人になった人生の晩年に、再び文学の道へ戻ってきたのは、山口市にある瑠璃光寺五重塔との出会いがきっかけだった。

 塔を仰ぎ見た瞬間、塔を作った人たちの物語を書こうと思ったという。

 塔を書くといっても、それは象徴という小道具に塔を配置するのではなく、作者は最初から人間を、塔を作った職人そのものを書くことを意図した。

 作者はサラリとこう語る(私は『アエラ』〈朝日新聞出版〉「現代の肖像」の取材で、平成23年春から夏にかけ、作者にインタビューする機会を得た)。

「あの美しいバランスのいい塔を見たら、誰がこの塔を作ったんだろうと思いますよ。塔を作った人の顔が自然と浮かんできます」

 作中、作者は若い僧にこう語らせる。

「大工たちは神の手と、仏の慈悲と忍耐を持っている。でなければ、こんなに人の心を打つ堂塔伽藍は建ちあがらぬ」

 これこそ、塔に相対した作者の胸に湧き上がった確信だったのではないか。これが一貫して作品に通底する思いであり、「手を使って労働をする人々を敬っている」作者の思いがあたたかい。

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見残しの塔
久木綾子・著

定価:770円(税込) 発売日:2012年01月04日

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