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池上冬樹×瀧井朝世×村上貴史<br />「教養主義からエンタメの時代へ(前編)」

池上冬樹×瀧井朝世×村上貴史
「教養主義からエンタメの時代へ(前編)」

文春文庫の2000年代・2010年代


ジャンル : #ノンジャンル

池上 奥田英朗さんの『イン・ザ・プール』(*6)も、それまでの『最悪』『邪魔』のシリアス路線からがらりと作風を変えて驚きました。

村上 精神科医の伊良部という一風変わったキャラを通して世相をカリカチュアライズして面白いし、あのナースも良かったなあ(笑)。

瀧井 奥田さんはシリアスな作品でもコメディでも、人間の滑稽さをとてもうまく描いて差し出してくれる作家です。続篇の『空中ブランコ』(*7)で直木賞を受賞して、文庫になったシリーズ第一作が大変売れたそうです。

池上 奥田さんは『無理』(*8)みたいな群像小説もすごくいいよね。

瀧井 伊坂幸太郎さんの『死神の精度』(*9)は、主人公の音楽好きの死神が、調査対象の人間に共感して寄り添っていかないクールさが魅力です。

村上 最近姉妹篇の『死神の浮力』が出ましたが、第一作の死神のクールな判断は、伊坂さんも若かったからこそ書けたと仰ってました。

池上 宮部みゆきさんは90年代から00年代以降もランクインしていますね。『誰か』(*10)『名もなき毒』(*11)は杉村三郎というドラマティックでない穏やかな主人公が親しみやすくて愛されるのかな。僕は『楽園』(*12)が面白かった。どうしようもない犯罪の芽をもった人間と出会ったらどうするかというのは、宮部作品に何度か登場してくるテーマですね。

村上 ある種の特殊能力者の哀しみも、宮部作品の特徴ですね。

瀧井 私は『蒲生邸事件』(*13)がランクインしていないのが残念です。時代設定が昔だからでしょうか。読まないと絶対損するよ、と言いたい!

 

村上 最近は、時代小説が売れているイメージがあったのですが、意外にランクインしたものは少なかったですね。00年代以降の刊行では浅田次郎さんの『壬生義士伝』(*14)と畠中恵さんの『まんまこと』(*15)の2作です。

池上 『壬生義士伝』は泣かせる、酔わせる浅田節の真骨頂ですね。幕末という時代に、人が生きる道の哀しさ、誰かを愛する気持ち、歴史のダイナミズムが描かれる傑作です。

瀧井 私も浅田さんにはかなり泣かされていますよ。

村上 浅田さんは池井戸さんと逆で、初期の『きんぴか』のような笑いの味のあるピカレスクロマンから、重厚な作風へと移行してきましたね。

*6 プール依存症、陰茎強直症など様々な病気で悩む患者たち。精神科医・伊良部シリーズ第1作。

*7 第131回直木賞受賞作。

*8 地方都市に暮らす訳ありの五人の人生が交錯し、崩壊してゆく様を描いた群像劇。

*9 七日間の調査の後、人間の生死を決める死神が見た六つの人生。日本推理作家協会賞受賞作。

*10 事故死した運転手の過去をたどって、杉村が行き当った意外な人生の情景。

*11 解雇されたアルバイト女性の連絡窓口となった杉村。人の心の陥穽を描く吉川英治文学賞受賞作。小泉孝太郎主演でドラマ化。

*12 フリーライター・前畑滋子への奇妙な調査依頼は十六年前の少女殺人事件へと繋がっていく。

*13 二・二六事件で戒厳令下の帝都にタイムトリップした孝史。日本SF大賞受賞作。

*14 生活苦から脱藩し、新選組にあって人の道を見失わなかった吉村貫一郎の生涯。柴田錬三郎賞受賞作。

*15 江戸は神田、町名主の跡取・麻之助が幼馴染の二人と難問奇問に取り組む。

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