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「若者の愚行」を貫いた調査が、気づかれざる日本を描き出す

「若者の愚行」を貫いた調査が、気づかれざる日本を描き出す

文:呉 智英 (評論家)

『ホリイのずんずん調査 かつて誰も調べなかった100の謎』 (堀井憲一郎 著)


ジャンル : #ノンフィクション

学生の愚行? 意外に文明批評?

 連載時、私が大いに興味を惹かれたのが「東海道五十三次を実際に歩いてみたところ」である。

 1999年8月に東京日本橋をふりだしに、2001年8月に京都三条大橋についた。丸2年掛けて東海道を踏破したことになる。2年とはいかにも長い。江戸時代なら10日前後だったはずだが、堀井と助手の青年2人の3人組は2年間歩き続けたわけではない。全23日に分けて歩いたのである。いったん電車で東京へもどり、日を改めてまたそこまで電車で出向いて。これをくりかえした。学生の愚行と同じだが、堀井が41歳から43歳にかけての話である。

 生真面目に、毎回の距離数と時間数が端数まで記載してあるのが、まさしく「ずんずん調査」。そして、道中の行動や観察は、学生の旅行記そのものである。

 意外や、もう少し賢い筆者なら、そのまま学術論文に仕上げたような話もある。「『ライ麦畑』野崎訳は東日本、村上訳は西日本の言葉を使っている」は、指摘されてみればその通り。これも表を作って詳しい。

「12月29日に投函しても年賀状が元日に着くエリア着かないエリア」も、野心のあるジャーナリストなら、これで新書本1冊書き上げるかもしれない。それをたかだかコラム1話に浪費するところが、若者らしくて楽しい。いや、この調査の時、堀井は41歳なのである。

 その新書本だが、別のテーマで堀井は既に2、3冊出している。そこで「新書だけを書いて印税生活が可能なのか試算してみる」。これまた表があって、結論は「それだけでは生活できない」。

 社会風俗への目配りも面白い。

「“子”の付く名前の女子が半数を切ったのは1979年生まれから」も、なるほどと思う。母集団が堀井の高校の同窓会名簿収録者だから、なにがしかの偏りがあるが、それでも1949年生まれから1986生まれまでを表にしている。角田文衞の労作『日本の女性名』と相補う、というほどではないが、読んで楽しいのは堀井の方である。

 寿司屋の話も2回ある。そのうち1回が「寿司を『1カン』と数えだしたのは平成に入ってからである」。

「かつて寿司は『カン』とは呼ばれていなかった」「1つ、1個と呼んでいた」「それがある時期から急に『カン』と呼ばれ出した」「どうも落ち着かない」

 その通りである。実にくだらん流行だと思う。堀井も「うさんくさくて受け入れがたい」「意図的で、人為的だからだ」と言う。そこで、配下の助手たちを総動員して、目につく限りの雑誌を27年分調査した。結論は、平成に入って広まった愚行。この愚行には可愛さがない。

 私の知る限り、「カン」の最も古い例は、篠田統『すしの本』(柴田書店、1970年)に、江戸期の古書の引用として出ている。しかし、そんなもの広まりもしなかったし、広める必要もありはしないのである。

ホリイのずんずん調査 かつて誰も調べなかった100の謎
堀井憲一郎・著

定価:1890円(税込) 発売日:2013年08月03日

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