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名文家でもあった宮城道雄

名文家でもあった宮城道雄

文・写真:「文藝春秋」写真資料部

 宮城道雄は明治二十七年(一八九四年)生まれ。八歳で失明するが、箏曲を学び、二十二歳の若さでこの道の最高位の大検校となる。天才箏曲家とうたわれ、また、作曲家として西洋音楽を邦楽に導入することによって、現代邦楽の発展に大いに貢献した。「春の海」をはじめ「水の変態」「さくら変奏曲」などの名作を残した。一方で、文章にも優れ、六冊ほどの随筆集がある。

〈ただ点字で文章を綴ることはほとんどしなかったそうで、口述したものを(中略)筆記し、書きとったものを読ませて耳ざわりなところを訂正していったのだそうである〉

〈宮城道雄の文章を読んですぐ思い出したのは、例えば「元朝秘史(チンギス・ハンの生涯を口誦で伝えた英雄詩)」であり、北欧のサガであり、昔噺の数々だった。これらはまるで呪文のように心に食いこんでくる。おそらく宮城道雄のほうには口誦という意識はなく、逆にごくあたり前に文章を書くつもりだったのだろう。しかし口述という形が、どうしても文章にこの型をとらせたのである〉(鴨下信一著『忘れられた名文たち 其ノ二』より)

 写真は、戦前、近衛秀麿指揮のJOAK交響楽団と共演し、「箏曲 越天楽」を演奏したとき(左端)のもの。

 昭和三十一年(一九五六年)没。

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