恋愛小説、ハードボイルドの名手である著者の新作は、人生の晩年に、ふとしたことから“危機”に直面する男たちを描いたミステリアスな短編集だ。
「現代は、なんでも“前向き”であることを求められる生きづらい時代です。すこし元気がないと、“うつじゃないか”と心配されるから、落ち込んだ顔も見せられない。でも、今回の主人公である50代、60代の男たちというのは、すこし後ろを振り返るタイミングなんですよね。登山に例えると、頂上も見えるくらいの高さまで登ってきて、ずいぶんと長い道のりを歩いてきたなと思いながら、自らの過去を考える男たちのストーリーでもあります」
表題作「怒鳴り癖」の主人公は、すぐにカッとなって人を怒鳴ってしまう旅行代理店の経営者。ある日、2人組の男たちに暴行を受ける。自分が怒鳴りつけた人物のなかに、犯人がいるのではないかと疑心暗鬼になる。側近の部下からも、“社長はちょっと怒鳴りすぎ。出来の悪い社員でも使いこなすべきだ”と諭されるが、性分は変えられない。
「若者に、怒鳴りたい人たちにぜひ読んでもらいたい(笑)。主人公は僕と同じ旧世代で、若者に対して“何をやってるんだ”と言いたくなることも多い。正しく怒ったとしても、若い子はいじけてしまう。ではどうすればいいのか、という現代的なテーマに取り組んでみました」
一方、ミステリータッチでありながら、幻想的な作風なのが「消えた女」だ。
妻を亡くし、ひとり身となった67歳の男は、コンビニで働く42歳の女と深い仲になった。ある日、姿を消した女は、しるしのついた古い地図を5枚残していた。地図をたどるうちに、失った家族の記憶が甦って……。
「町歩きと地図が大好きな僕が、以前から愛読していたフランス人ノーベル賞作家パトリック・モディアノに刺激を受けて書いてみた、この短編を僕は気に入っています。いわば答えのないミステリーという実験的な短編が読者にどう受け止められるか楽しみです」
収録された6編は、オール讀物で2012年から足かけ4年に渡って書かれたものだ。
「執筆の期間が長くなると、小説を書いている間に私自身が変容していることを実感しますね。小説を書く作業は自宅で即興のライブをやっているのに似ていて、その時々で自分が最もノレる感覚を大切にしているからです。作品のトーンはそれぞれ違いますが、藤田宜永の4年間の軌跡も、楽しんでもらえたら」
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