- 2012.11.30
- 書評
日本の近代建築に秘められた
豊饒な「物語」
文:奈良岡 聰智 (京都大学准教授・日本政治外交史)
『ぼくらの近代建築デラックス!』 (万城目学・門井慶喜 著)
ジャンル :
#趣味・実用
近代日本の歩みが凝縮
それでは、日本の近代建築は所詮ヨーロッパのマイナーコピーで、大して価値はないのだろうか? いや、そんなことはない。日本の近代建築は、ヨーロッパの単なる模倣ではなく、和風の建築様式から影響を受けていたり、ヨーロッパ各国の作風を巧みに組み合わせたりしているという点で、ユニークなものが少なくない。また、それらの建物には、近代日本の歩みが凝縮されている。西洋化をアピールするため、国家を背負って近代建築の設計にいそしんだ東京帝国大学出身の建築家たち、多くの近代建築を取り込んで、それらを昔から存在していたかのように古い街並みと調和させてしまった古都京都、築地本願寺のように、洋風なのかインド風なのか分からない建物が本堂になっていても、全く意に介さない日本人の宗教的寛容さ。日本の近代建築は、近代化に伴う様々な「物語」の宝庫である。そこには、ヨーロッパの近代建築にはない、なんとも言えない魅力がある。
本書は、気鋭の若手作家2人が、近代建築を実際に訪ねながら、このような「物語」について語り合った対談集である。巡ったのは、大阪、京都、神戸、横浜、東京の5都市。2年かけて、実に52件もの近代建築を取り上げている。2人が行きたいところを自分で選び、好き放題に語り合っているだけに、建築物の魅力が実によく伝わってくる。
対談の多くは、門井慶喜がそれぞれの建築物の歴史やエピソードを解説し、万城目学がそれに応答をするという形で展開している。対談後に万城目いわく、「ホームズが立て板に水のごとく喋るのを聞いて、ワトソンが圧倒され、『ああ、そうだなホームズ』としか応えられない気持ち、僕はすごくわかる」。こう言わしめるほどに、博覧強記な門井の解説は、簡にして要を得た、的確なものである。これに対する「ワトソン」万城目の応答も実に絶妙で、独特の感性で建物の面白さを浮かび上がらせている。
この本は、建築論としてだけではなく、都市論としても楽しむことができる。関東出身で、大阪を拠点に活躍する門井、大阪出身で、東京で活動している万城目は、いずれも、関東・関西の違い、関西の多様性を鋭敏に捉えていて、訪問した5都市に対する独自の視点が披露されている。対談は、建物は単体として存在するのではなく、都市の中で「生きている」のだということを浮き彫りにしている。特に、両者が共に学んだ京都の章が、実体験も踏まえられていて、出色の出来である。
日本の近代建築の勘所を軽妙に語り尽くした、この格好の入門書を片手に、実際に近代建築めぐりをしてみてはいかがだろうか。
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