書評

私はいま、なにをしないではいられないか

文: 山田 亮太 (詩人)

『シチュエーションズ 「以後」をめぐって』 (佐々木敦 著)

 この一冊を読み進めながら、私は何度も、胸を締め付けられる思いがした。

 小説『恋する原発』を書く高橋源一郎の「短慮」について、ドキュメンタリー映画『311』に記録された森達也らの「みっともなさ」について、福島からツイッターで詩を発信する和合亮一の「野蛮」について、この本の中には書かれている。また、松江哲明『トーキョードリフター』がとらえた暗い東京の姿、宮城県名取市北釜在住の志賀理江子による北釜の海岸と松林とその土地の人々を被写体にした幻想的な写真群、東京デスロック『再/生』の舞台上で死と再生の行為をひたすら反復する俳優たち、についても書かれている。そして、2010年を舞台にした阿部和重や柴崎友香の小説がなぜ「以後」の作品であるのか、オーストリアの劇作家エルフリーデ・イェリネクがあの出来事を受けて書き下ろした『光のない。』に高山明・三浦基ら日本の演出家たちがいかなる応答をしたのか、あの日から二年後に出版された村上春樹の小説が何を語ろうとしているのか、について。さらには、3月13日に突如「中部電力芸術宣言」を公開した三輪眞弘、余震のたびに小説を推敲する古川日出男、なぜまだここに居るのかという問題についてそれぞれ異なる側から問いかける岡田利規と綿矢りさ、刊行を遅らせた自らの著書の末尾にひと続きの長い長い一文を記す稲川方人……

 著者である佐々木敦は映画、音楽、演劇、文学と複数の芸術ジャンルで強靱な批評活動を展開してきた批評家である。文學界2012年5月号から2013年8月号にかけて連載された論考をまとめた本書には、2011年3月11日以後の様々なジャンルの表現者たちの仕事が、それらを洞察する佐々木の思考とともに記述されている。佐々木が論じる作品群は、ダイレクトに震災を取り上げたものばかりではない。むしろ一見そうとは見えない表現の中に、注意深く「以後」を読み取っていく。佐々木によって深く掘り下げられた、数多の表現者たちそれぞれの震災への応答に接することは、端的に言って過酷な作業だ。このことは、震災を想起させるイメージと接触したときの痛み、たとえばあの巨大な津波やおびただしい瓦礫の映像を見ると当時のことが思い出されてつらいということと、いくらか似ているようでいてやはり異なっている。起こってしまった出来事そのものの圧倒的な強度に比べれば、個々の表現者たちのなしたことはどうしたってささやかなものだ。けれどもささやかな営為であるからこそそれは私にとってより切実なものになりうる。巨大な災害は私たち人間の想像力を超えているから、私はそれを謙虚に受け止め場合によっては災害に対して畏敬の念をもつことすらできる。だが災害を前にした人間の営為とは、ひとりの人間がなした以上のものではない。それはもしかしたら私がなしえたかもしれないことだ。表現者たちの思考と営為を自らに重ね合わせたとき、私自身の震災が呼び覚まされる。

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シチュエーションズ
佐々木敦・著

定価:1,750円+税 発売日:2013年12月12日

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