一月某日、北京の友人宅で八〇后(バーリンホウ・一九八〇年代生まれの一人っ子世代の若者)を代表する作家で歌手で女優の田原(ティエンユエン)と会食をした。彼女は完全なベジタリアンで、外食は不自由だからと、友人が手料理を作ってくれたのだ。彼女は湖北省武漢という地方都市で奇跡のように登場したマルチアーチストで「13億人のミューズ」とも呼ばれている。彼女が『潜入ルポ中国の女』とはどんな本なのか、と興味を示したので、「あなたも含めて、中国のいろいろな女性をとりあげて書いた。実はネガティブな部分も多く書いている」と正直に伝え、こう説明した。
第一章(エイズ村の女たち)は農村の最底辺に生きる女性を描いた。エイズを発症していても男の子が欲しいという理由で命をけずって子供を産む。原則一人しか子供を産んではいけない産児制限をやぶって何人も子供を産んで、その罰金を支払うために血液を売って、その結果、エイズになった女性も取材した。第二章(北京で彷徨う女たち)はそういう底辺の農村社会から抜け出したくて北京に出稼ぎに来たけれど、体を売るくらいしかできなくて、差別や暴力を受けながら、やはり底辺でさまよっている女性たちの話だ。
すると彼女は「外国のジャーナリストは、よくそういう中国の暗部をわざわざ取材して書くでしょ。でも、私は正直、中国にそういう世界があることを知らないの。見たこともない。そこまで無知で悲惨な人たちがいるなんて。なんで育てられないのに子供をたくさん産むのか、私には理解不能」と、美しい眉をひそめた。田原は正直な人で、それが魅力だった。
私はこう続けた。
中国人の半分とは言わないけれど、三分の一くらいは、本当に悲惨な状況にいると思う。中国は女性の大富豪も企業家も多くて、米誌フォーブスも、中国は女性が起業しやすい環境がある、と称えているけれど、戸籍すらあたえられない女性もいる。でも、そういう格差を乗り越えてゆく強い女性もいる。そういう“女強人(ニイチャンレン)”(女傑)たちを第三章(女強人の擡頭)で取り上げた。貧困の中から事業を立ち上げて成功した中国の“おしん”みたいな大富豪も取材した。
すると田原は「底辺であえいでいる人と、そこから脱出できる人の、その差は何?」と聞くので、私は少し考えて、こう言った。
田原というアーチストは素晴らしい感性と才能を生まれながらにもっていた。それは天から与えられたものだけれど、その感性と才能を花開かせてくれたのは、貧しくてもギターやピアノを習わせてくれた両親や、恋や友情をはぐくむ機会を与えてくれた学校生活や友人たちとの出会いが大きい。それでも、もしインターネットや動画投稿サイトが今のように発達していなかったら、その豊かな才能も地方都市に埋もれたままで、世界の誰もが気付かなかっただろう。
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