本の話

読者と作家を結ぶリボンのようなウェブメディア

キーワードで探す 閉じる
「この本は絶対に売れる!」と私が叫んだ理由

「この本は絶対に売れる!」と私が叫んだ理由

文:佐藤 優 (作家・元外務省主任分析官)

『督促OL 修行日記』 (榎本まみ 著)

出典 : #文春文庫
ジャンル : #ノンフィクション

 いわゆるブラック企業、あるいは企業自体はブラックでなくても、その企業の中にあるブラック部門(N本さんの事例はそれにあたる)で生き残っていく人には、二つのタイプがある。

 一つ目は、本人自身が歩くブラック企業のようになり、「義理をかき」、「人情をかき」、「平気で恥をかく」という「サンカク」精神を体得してしまう場合だ。周囲からも取引先からも鼻つまみになるが、とにかく数字を出すので生き残ることができる。

 第二は、ブラックな仕事は、糊口をしのぐためと割り切って、仕事以外での直接的人間関係をたいせつにする人だ。こういう人は、やりすぎて事故を起こすことがなく、仕事を離れれば普通の人なので、人望が集まる。N本さんとともに本書に出てくるK藤先輩がこのタイプだ。このタイプの人たちには、他の人には見えない重要な「何か」が見えている。こういう人間力は、優れた人に伝播する。本書に出てくる後輩Dちゃんの例がそれにあたる。

〈私以外にもだめんずから卒業できた後輩がいる。Dちゃんだ。

 Dちゃんは都内の女子大出身で、女性ファッション誌から抜け出てきたモデルみたいなかわいい女の子だった。

 でも、そんなDちゃんは大学時代から、国立大を出て大手マスコミに就職した「肩書き系だめんず」のY君に長らくひっかかり続けたらしい。

 Y君はDちゃんを彼女にはしなかったけど、休みの日に電話1本で家に呼びつけていた。なのにしょっちゅう合コンに行ったり、Dちゃん以外にもそういう都合のいい関係の女の子が数人いると豪語していたらしい。

 でもDちゃんはつい、「いつか彼女になれるかも……」「結婚できるかも……」と長らくY君の呼びだしを受け続けた。ところがコールセンターで働き始めて、すぐに目が覚めて決別することができたようだ。

「コールセンターで督促してると、どんなにいい会社に勤めてお金をいっぱい稼いでいる男の人でも、奥さんに内緒で借金をするし、お金が返せなくなったら逆切れして私たちを怒鳴るってコトがわかりました。Y君と同じ会社で働いている人にすっごく怒鳴られて、目が覚めました。私は彼の肩書きが好きだったんですねー」

 督促のコールセンターで働いていると、お客さまの年収や借金の金額と毎日向き合うことになる。やっぱり年収が高い人はそれなりに高額の借金もするし、仕事柄派手な付き合いもしているのがわかってしまう。

 Dちゃんは今、浮気と借金をしないまじめな男性と付き合っているらしい。〉

(235~236頁)

 会社名(官庁名)、学歴、収入、容姿などで、人間を評価するのは間違っていると頭ではわかっていても、われわれはどうしても外面にとらわれてしまう傾向がある。借金の督促という修羅場の仕事をしていると、嫌でも人間の内面が見えてくる。

 厳しい職場環境でも、他人を思いやる心を失わず、人間力をつけることが可能であることを示した作品として、『督促OL 修行日記』は、長く良い読者に恵まれることになると私は信じている。〈2015年1月15日記〉

督促OL 修行日記
榎本まみ・著

定価:本体550円+税 発売日:2015年03月10日

詳しい内容はこちら

プレゼント
  • 『赤毛のアン論』松本侑子・著

    ただいまこちらの本をプレゼントしております。奮ってご応募ください。

    応募期間 2024/11/20~2024/11/28
    賞品 『赤毛のアン論』松本侑子・著 5名様

    ※プレゼントの応募には、本の話メールマガジンの登録が必要です。

ページの先頭へ戻る