〈「カードを他の人に渡されるのは契約違反になりますので、この場でお客さまのカードは止めさせていただきます。よろしいですか?」
私はちょっと身構えながらお客さまにそう伝えた。彼氏や旦那さまにカードを貸している女性はこういった時、カードが使えなくなったせいで相手に怒られるのを恐れて「それだけはやめて!」と頑なに拒否することが多い。
しかし彼女は一瞬、電話の奥で押し黙った後、
「わかりました、止めてください」
と、割とすんなりと了承してくれた。
(でも、こんなに若い女の子が、彼氏の作った借金を背負わなきゃいけないなんてヒドイよ……)
複雑な気持ちになりながら、私はカードの処理を行った。
彼女がすぐに決断してくれたのは、もうカードが限度額いっぱいまで使われてしまったからなのか。それとも他にもカードを渡してあるからなのかもしれない。でも彼女はこれから彼氏の作った借金を払っていく。
(あなたの彼氏、あなたのカードでキャバクラに行ってるかもしれないんですよ? しかもキャバクラらしきお店に行った日と高級焼肉に行ってる日が同じって、これどう見ても同伴出勤ですよ!?)
同じ女として、ふつふつと、見ず知らずの彼氏への怒りが湧いてくる。〉
(181~182頁)
N本さんには、借金の背後にある具体的人間関係が見えるのである。自分で汗をかいて稼いだお金ならば、キャバ嬢と同伴出勤するために浪費することはない。このカードを使っている男にとって、カードを貸してくれた彼女は、キャッシュディスペンサーのような「物」なのだ。女性を「物」扱いするような男に対して、N本さんは怒っているのである。
これとは別の形の具体的人間関係がN本さんに見えた事例がある。
〈そういえば、お客さまの中には若い女性と逃げてしまった旦那が残した借金を、任意で何年もかけて返済している女性がいた。「ご本人さま以外にはお支払いの義務はないんですよ?」と何度も言っても「私の責任ですから、必ずお支払いします」と毎月少しずつ返済をして、とうとう完済してしまった。
また、息子さんが作ってしまった借金を肩代わりするお母さんも多い。女性と借金というのはどうしてこうもやりきれないのだろう。〉
(182~183頁)
若い女性と逃げた夫の借金を払っている女性も、息子の借金を肩代わりしている母親も、法律とは別の位相で、夫婦、親子の関係を考えているのである。「親しい人間の起こした金の不始末を処理するのが人の道だ」と考えている人にN本さんは共感を寄せている。
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