博雅がいてこそ、『陰陽師』は成立する
――つまり晴明がホームズで、ワトソンが博雅なんですね。
夢枕 ただ、「ホームズ」と『陰陽師』が、少し違うのは、変人のホームズに対して、ワトソンは、普通の人であるという立ち位置なのですが、晴明が、異形の人であるのに対して、博雅もまた、能力に溢れた人。ただ、その自覚がまったくない。博雅は単なる観察者という立場ではなく、その能力ゆえ、精霊や鬼を呼び寄せてしまう。
――晴明だけでなく、博雅という人物もまた、『陰陽師』という世界を形作る大きな要素なんですね。
夢枕 博雅という人物を発見できたからこそ『陰陽師』という物語ができたともいえます。博雅は、その力ゆえ、鬼とのエピソードがたくさんあるんですが、博雅の持っている葉二という笛も、博雅の笛に魅せられた朱雀門の鬼と交換したものです。『陰陽師』の最初の話である、「玄象といふ琵琶鬼のために盗らるること」では、天皇の元から鬼に奪われた琵琶の名器「玄象」を、羅城門の鬼から取り返しますが、これも、力ずくで取り返すわけでも、返せと談判するわけでもない。ただ、博雅は、琵琶をひく。そうすると鬼が心を開く。
――『陰陽師』を書く上で、タブーとしていることはありますか?
夢枕 極端な濡れ場を書かないことでしょうか(笑)。もともとセックス&バイオレンスをやっていましたので、たまに書きたくなるんですけどね。『陰陽師』では、目玉を吸うとか、体をかじるとか、そういったエロティシズムは書きますが、直接的なことは書かない。バイオレンスも、長編では、物語を動かすうえで、アクション的な要素が必要なので盛り込みますが、短編ではなるべく避けてますね。あとは、晴明と博雅の奥さんと子どもについては触れていません。実際、晴明にも博雅にも、史実では、家族も召使もいたんですが、作品の持っている非日常的な世界を維持するために、あえて、式神と博雅しか描かないんです。
――約束ごとが、非日常を生み出すわけですね。ただ、毎回、すこし雰囲気の違うお話が、単行本には必ず入りますね。
夢枕 いくらマンネリを恐れないとはいえ、やはり、そこはときどきはずさないと……。たとえば、露子姫と蝉丸と道満は、かならず1冊のうちどこかに入れるように、と思っているんです。次の単行本では、もう1人そういう人物が出てきます。また、今年は、毎月連載だったので、少し変わった試みもしています。ひと月ですと、すぐに締切が来るから同じ話ばかりではと思いまして。
――たしかに、10月に発売になる単行本に収録されるお話は、これまでとは少しだけ趣がちがうものが多いように思います。
夢枕 これまでのように、『今昔物語集』だけでなく、中国の『捜神記』や『幽明録』とか『春秋左伝』などから題を採ったものもあります。漢詩を意識的に使ってみたり、晴明と博雅が、一緒に出かけないという話もありました。晴明と博雅がまったく出てこずに、道満だけが出てくる話もありましたね。道満1人の話というのは、初めて書いてみたんですが、楽しかったですね。道満は、書いていて楽しいんですよ。
〈このインタビューは、文春ムック「『陰陽師』のすべて」収録のロングインタビューの抄録です。〉
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