連載開始から4半世紀。 累計500万部を突破した人気シリーズは、登場時から画期な作品として評価され、やがて爆発的な人気とともに陰陽師という一ジャンルを確立、各界に多大な影響を与える作品となった。 その偉大な作品に挑む著者の道程と、これからを訊いた。
これまでついてきてくれた読者に報いたい
――『陰陽師』の第1回、「玄象といふ琵琶鬼のために盗らるること」が、「オール讀物」に掲載されてから、4半世紀が過ぎました。この25年間は、夢枕さんにとってどんな25年でしたか?
夢枕 いやあ、ほんとうにあっという間の25年でしたね。『陰陽師』を書き始めたのが30代の後半で、すでに還暦を過ぎましたけど、他のシリーズと違って、晴明と博雅がまったく歳を取らずに変わらないので、『陰陽師』に関しては、あまり実感がないというのが正直なところです。
――シリーズの累計は、とうとう500万部を突破しました。
夢枕 おかげさまで、ファンの方にとても愛されている作品になりました。500万部という数字には、実感がわかないというか、すごいの一言ですね……。どうして、これだけの方に読んでいただけたのか、じつは自分でもよくわかっていないのですが。岡野玲子さんのマンガ、そして、野村萬斎さんが主演された映画の影響は、大きかったと思います。実際に、物語を書く際にも、その2つの作品に、私も影響を受けていますから。でも、映画も2作公開が終わって、マンガも、連載が一段落した。しかし、そのまま『陰陽師』のファンの方が、ついてきてくれた。これは、ほんとうにありがたかったですね。同じくらい前から書き続けている作品で、2年前に完結した「サイコダイバー」シリーズがあるんですが、こちらのシリーズも、巻数はちがいますが、『陰陽師』と同じくらいの部数が出ています。でも、サイン会の読者層が、まったく重ならない(笑)。「餓狼伝」になると、ほぼ全員が男性。たまに、女子高生がいても、「お兄ちゃんが、病気になって代わりで来ました……」(笑)。一方で『陰陽師』のサイン会は、ほとんど女性なんですね。もし、お互いのシリーズのファンが、別のシリーズを読んでくれたら、もっと売れているかもしれませんね(笑)。
――言い換えれば、それだけ作品に幅があるとも言えます。
夢枕 確かに、こんな作家は、そんなにいないんじゃないかって思いますよ(笑)。そのおかげで、古くからのファンの方のなかには、極端な話「『陰陽師』のような軟弱な物を書いて」とか、「最近の夢枕は変わった」なんてボロクソに言う人もいるんですが、やはり、30代のパフォーマンスと、60代のパフォーマンスでは、おのずと変わってくるところがあるのは、仕方のないことなんですよ(笑)。その年齢なりのパフォーマンスをやるということでは、なまけてはいないんですけどね。でも、ここまで、ついてきてくれた読者には報いたい。「本を読み続けてよかった」と思ってもらいたい、という気持ちでいつも書いています。実際、自分にとってもまた、2か月に1回というペースで『陰陽師』という大きな幹となる小説を執筆するから、いろいろと別の好きな小説を書けるわけで、晴明と博雅には感謝することしきりですね。
――晴明と博雅、この2人の関係性が『陰陽師』シリーズの大きな魅力と思うのですが。
夢枕 2人のスタンスは、執筆開始当初から意図的に変えていません。普通、どちらかが出世して、立場が変化したりするものですが、2人は、いつも、簀子の上で、酒を酌み交わしている。それはシリーズの最初から考えていたことなんですよ。
実際に、物語で扱っている題材も、晴明が40歳から前後20年くらいの幅で起きているお話を元にしているので、彼らは、歳をとらないというのが1つの決まりなんです。執筆開始のころに漠然と考えていたのは、「男はつらいよ」なんですよ。いつも「とらや」には、おいちゃんがいて、おばちゃんがいて、寅さんがたまに帰ってきては、喧嘩になる……というようなマンネリをあえて恐れないという約束事をつくりました。作中の季節は、その原稿を書いている季節を必ずシンクロさせている。桜のことを書いているときは、桜が実際に咲いているんです。その方が読者に物語に入ってもらいやすくなる。あと、『陰陽師』を書き始めて2、3作目あたりから、この物語は、平安版「シャーロック・ホームズ」なんだなと。兄のマイクロフトが賀茂保憲で、式神がベーカー・ストリート・イレギュラーズだと。そうわかってからは、ずいぶんと書き方のコツがつかめた気がします。