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「ぼくは勉強ができない」で勉強してきた

「ぼくは勉強ができない」で勉強してきた

文:綿矢 りさ (作家)

『ぼくは勉強ができない』 (山田詠美 著)

出典 : #文春文庫
ジャンル : #小説

 本書にはたくさんの魅力的な登場人物が出てくるが、最後近くに登場した、授業中に先生に当てられたとき、わざととちって自分の可愛らしさを演出する女子山野さんが強烈に印象に残っている。あざとい、ぶりっこ、一言で片づけられてしまいがちなタイプの女の子だが山野さんはそんじょそこらのモテたいだけの女子とレベルが違っている。まず清純派っぽく本当に可愛いこと、次に自分だけでなく自分の周りの背景まで演出に使うところだ。彼女は校内の自分がきれいに見える紫陽花が美しいスポットまで、お目当ての時田くんを連れて行って「大切な話」を聞こうとする。時田くんの目的は友達の恋心を伝える役目で山野さんは予想外の心痛に耐えるが、そのときの歯で唇を噛む表情も「計算しつくされてるのではないか」と時田くんにするどく見抜かれている。媚び媚び女子と素のまま女子、女どうしの対決は小説でも漫画でもくり広げられているが、媚び媚び女子とちょいチャラ男子の正面対決はあまり見かけない。

「ぼくは、人に好かれようと姑息に努力する人を見ると困っちゃうたちなんだ」

 と正直に山野さんの印象の不自然さを面と向かって告げる時田くんには、読んでいても冷や汗が流れた。まるで野に咲く花のように生まれついての可憐を演じている少女には、真っ直ぐすぎる刃だ。「姑息に」という言葉の使い方が効いている、異性の同年代にこんな貧乏くさく自分の本性をぴたりと言い当てられては、しかもそれが好きな男子からの言葉とあっては、普通の女子なら完全にノックアウトされて不登校にさえなりかねない。

 しかし山野さんは即座に激怒して彼の頬をひっぱたく。「何よ、あんただって、私と一緒じゃない。自然体っていう演技してるわよ。本当は、自分だって、ほかの人とは違う何か特別なものを持ってるって思ってるくせに」と逆に時田くんにぐんぐん辛辣な言葉を吐く。私はこの山野さんのスピーディな変わり身の速さが、なんともいえず好きだ。男に好まれるからと石鹸の香りを漂わせる女だと時田くんに表現された彼女は、自分の媚びをとことん自覚していた。時田くんの指摘にすぐさま反撃した理解能力と反射神経の速さ、これは彼女がずいぶん自覚的に自分を演じていた、日常生活すべて嘘の媚びでぬり固めていた証拠にほかならない。時田くんの攻撃に気づかないふりしてとぼけるわけでも、「そんなつもりなかった」と泣いてみせるでもなく「私は、人に愛される自分てのが好みなのよ。そういう演技を追求するのが大好きなの。中途半端に自由ぶってんじゃないわよ」と開き直ってタンカを切れる技は、ただのぶりっこ女子ではないほとんど女優としての心意気に比肩する凄みを感じる。清純派の見た目と中身のギャップが激しくて、こんな子が同じ学年にいたら絶対敵にも友達にもなりたくないなぁと当時高校生だった私は恐れおののいた。

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ぼくは勉強ができない
山田詠美・著

定価:本体430円+税 発売日:2015年05月08日

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