――でも本書は決してストレートな恋愛小説というイメージではないですね。いきなり殺人事件は起きるし、清彬も周囲の思惑に絡めとられていく。それに「人が何かを確信しているときにそれは絶対なものではない」「それがロマンスの教訓だ」などと、本書の中でも「ロマンス」という言葉はさまざまな意味合いで使われますね。
柳 ああ、そこが初出ですね。ひとつの言葉にも多面性はあると思いますが、基本的には、フォースターの言葉の定義に基づいて書いたつもりです。もっとも、執筆中にある同業者から「今は何を書いているんですか」と訊かれて「ロマンス」と言うとプッと吹かれましたけれど(笑)。届かないからこそ憧れるものがあるということを書いてみたかった作品です。
――不穏な世相のもと、自由でありたいと思う清彬が自分たちをマリオネットに喩える様子からも、あの時代に生きる人たちの姿が伝わってきます。届かないものというのは、万里子や華族社会のことだけではないように感じました。
柳 それこそ「世界」ですね。ただ「世界」というものに対するイメージは読者によって違うと思うので、読んで受け取っていただいた範囲での解釈でいいと思います。
――昭和8年という設定にした理由は。
柳 いろいろと資料を読んでいく中で、この物語にもっとも適しているのがそのタイミングだと思いました。ただ、便宜的に昭和8年としていますが、物語を読んでいく上では別に何年でもいいと思っているんです。極端な話、日本でなくても、戦前でなくても、いつの時代でも、どこの場所でもいい。逆に読む方たちにとって、これは時代小説だと思わせないような文体、物語づくりを意識しました。
――なるほど。でも、この時代独特の空気感は伝わってきますね。それにこの前後にどんな歴史的事件があったかを思い出し、登場人物たちの運命を深読みするという読書の楽しみもあります。
柳 昭和8年というのは、丸山眞男が「空気がガラリと変わった」と言っている時代ではあるんです。でもそれを書くのがこの小説の趣意ではなく、結果としてこの時代を書いた、というわけです。ですので、時代性を明示しないよう、当時を指し示すような固有名詞はいったん文章に入れた後で省いたものもあります。例えば、作品に出てくる特急列車の名前が「燕」だということも調べて、一度書き込んだ後でわざと省きました。これは『ジョーカー・ゲーム』でも同様で、あまり戦前の軍隊というものを意識させないようなつくりにしています。
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