――新作『ロマンス』は昭和8年が舞台。華族の青年が巻き込まれる事件と、彼の恋が絡まりあう。「別册文藝春秋」の連載スタートは昨年の7月ですが、もっと前に構想をおうかがいしたように思うのですが。
柳 最初にこの話が出たのは2008年に『ジョーカー・ゲーム』を刊行して、しばらくした頃ですね。その時編集者から提案があったのは、せっかく『ジョーカー・ゲーム』で読者をつかんだので同じ時代背景の話を、というのがひとつ。もうひとつは、これはどういう意味での提案だったのかは分からないんですけれど、特別、あるいは特殊な人を登場させてほしい、ということでした。それで、華族を主人公にしようと思ったんです。明治から終戦まで70年くらいしか存在しなかった、非常に特殊で人工的な集団ですから。読者の立場に身をおいて考えた時、戦前の華族に対してある種ロマンティックな印象があるだろうとも思い、その印象を取っ掛かりに使わせてもらうことにしたんです。
――主人公の清彬(きよあき)は華族の子爵の家系に生まれた、日本人とロシア人のクォーター。聡明で多数の外国語を操り、銃の腕前もぬきんでているというパーフェクトな青年ですが、純血を好む華族社会からは疎外されている。モデルとなった人物はいたのですか。
柳 ハーフやクォーターの華族も実在するのですが、具体的なモデルはいません。華族は皇室の藩屏と呼ばれ、血を重んじる集団なので、外国人と結婚した人たちやその子供たちは疎まれていたようです。だからこそ血の純度というものに対してコンプレックスを抱えている主人公を考えました。
届かないものに手を伸ばして
――清彬は伯爵家の友人、嘉人(よしひと)の妹の万里子に恋をしているけれども、兄妹の父はクォーターの彼を断固として受け入れない。タイトルに『ロマンス』とありますが、これは彼のこの恋愛を意識してつけたものなのですか。
柳 実はこの作品は先に「ロマンス」というタイトルありきだったんです。デビュー当時から一度はこのタイトルの作品を書いてみたい、という気持ちがありました。今回の企画を詰めていく中で、この内容だったら「ロマンス」で書けると思ったんです。太宰治も確か「ねむるようなロマンスを一篇だけ書いてみたい」というようなことをどこかで書いていますよね。E・M・フォースターも「絶対に手の届かないものに向かって憧れ、精一杯に両手を伸ばす姿、それがロマンスだ」という言い方をしていて、学生時代からの憧れでした。
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