三島由紀夫と永井荷風
――柳さんは相当な読書家だと思うのですが、一読者として好きだったロマンスはありますか。
柳 小説をどう読むかですね。漱石やマンにもロマンスの要素はありますし、エピグラフに引いた『アンナ・カレーニナ』はもちろんそう。太宰治なんかはロマンスをめぐって七転八倒している。
――本書の最後の謝辞の部分に、永井荷風の名前を挙げていらっしゃいますよね。なぜあえて荷風の名前だけを?
柳 ちょうど時代背景が、荷風の風俗小説とかぶるので。そもそも彼の作品は学生時代から『ぼく(さんずい+墨)東綺譚』や『断腸亭日乗』などシンパシーを持って読んでいましたし、あのスタンスもすごく好きなんです。それと、これは本当に裏話なんですが、最初、原稿の冒頭をメールで編集者に送った時、ヒロインの名前は聡子だったんです。書いている時は意識していなかったんですが、送ってから夜寝ている時に「あれっ? キヨアキとサトコって聞いたことがあるぞ」と思って。で、飛び起きて調べてみたら、三島由紀夫の『春の雪』の主人公とヒロインが清顕、聡子なんですよね。三島は学生の頃に代表作をほぼ読んでいるのですが、文体もスタンスも自分とは合わないと思っていてそれっきりになっていたんです。荷風のほうがシンパシーを感じているつもりだったんですがね。
――三島よりも荷風にシンパシーをおぼえるのは、どういうところですか。
柳 あの負け犬的なところが(笑)。そういうスタンスでの読書体験を好んでいるつもりだったんです。でも確かに、文体などは三島の影響を受けているように思います。読者としてシンパシーを持つ作家と、創作の際に影響を受ける作家というのは違うのかな、と今回書いてみて初めて思いました。
――今回も、清彬は負け犬というよりも、外見も中身もパーフェクトという印象です。そんな彼にも手にいれられないものがある、というところに哀愁があるんですよね。
柳 これで負け犬が主人公だったら、もうダメダメな感じですよね(笑)。小説を読む楽しさにはドキドキ感やワクワク感があると思うんですが、それにプラスして「切なさ」みたいなものがあると思うんです。それもやっぱり読書の楽しみのひとつだと思うので、読者にそれを共有してもらえるものを書いたつもりです。
――以前のインタビューで、小説に求めるものは「ユーモアと愛」だとおうかがいしました。確かにこの作品の中に、愛はありますね。
柳 今回は切なさを優先させたので、ユーモアの要素のさじ加減は抑えてありますね。いつか大爆笑小説を書きたいと密かに狙っています(笑)。
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