あれは2005年12月のことだった。文藝春秋から一枚のファックスが送られてきた。それをみて私は驚愕した。なんと「オール讀物」でかの東海林さだお先生と対談してほしいという指令であった。テーマは定食。私にとって東海林先生というのは、夏目漱石や手塚治虫と同様、ひたすら仰ぎみる偉人、または神話世界の存在であった。当然、少年時代から東海林先生のマンガもエッセイも拝読していて、とくに緑背の文春文庫はほぼ買いそろえていた。
そのような方からまさかお呼びがかかるとは…。驚愕の後は歓喜がきて、すぐに猛烈な不安が訪れた。確かに『定食バンザイ!』など、ささやかな定食の本は出していたが、東海林先生と相対(あいたい)するレベルには到底到達していない。恥ずかしくてとてもお会いできない…という気持ちと同時に、千載一遇のこのチャンスを逃してはいけないという気持ちが私の中で蠢き、結果として座談会参加を拝領したのであった。それから座談会までの間は、毎朝、近所の神社で白装束で禊でも行おうかと思ったが、風邪を引いたら元も子もないので、入浴時に冷たい水を顔にかけて精進することとし、それと同時に東海林先生の本を就寝前に正座して再読して当日に備えたのであった。
かくして、座談会当日。指定された西荻窪の「真砂」に出かけた。真砂! ここも東海林先生の作品によく登場する「神話」の場所だ! 私は期待と不安がとぐろをまきつつ真砂に入り、担当編集者のIさん(おおI青年!)がいて、東海林先生はまだだという。そのため、机の前に座ってひたすらお待ち申した。それは物理的にはとても短い時間だったが、私の体内時計では、永劫のように感じられた時間であった。かくして定刻通り東海林先生がお見えになった。私の顔を見た瞬間「若いね!」といってお笑いになったのを強く覚えている。さすがは「若さ」に対して大変真摯に取り組まれている先生だと深く納得した。その後着席し、座談会が開始された。その後のことは夢中で先生の発言についていった記憶しかない。机の上にはローストビーフやら蟹やらまさに山海の珍味が並んでいたが、とても味わうどころではなかった(残念)。
終了後にIさんが「スター・ウォーズのジェダイの騎士の師弟の戦いのようでした」とおっしゃってくださった。さながら、東海林先生はヨーダ、不肖私は末弟のルーク・スカイウォーカーということになる。このたとえはあまりにも畏れ多いが、実際に東海林先生は私の人生で私を導く師、つまり導師であることを確信するできごとが起きる。
東海林先生との対談はオール讀物に掲載された(その後単行本『そうだ、ローカル線、ソースカツ丼』に収録、さらに文庫化)。なんとその号が出てほぼすぐに神奈川新聞文化部から連絡があり、定食の連載をしてほしいと依頼があったのだ。神奈川新聞の文化部に行き、S部長に会うと、なんとオール讀物をみて、依頼を思い立ったとのことだった。かくして「かながわ定食紀行」が開始され、現在にも続く長期連載となった。さらに以降は様々な箇所で定食に関する執筆回数は増加し、年々拙著は増えていった。間違いなくこれらの流れは、東海林先生の善導である。導師に深謝する。
かくして今回、なんとご著書の解説を書けと東海林先生はチャンスを与えてくださった。またしても先生は私を導こうとしてくださっている! 折しも拙著『とことん!とんかつ道』を上梓したばかりで、東海林先生のとんかつの名著『とんかつ奇々怪々』を何度も拝読したばかりであったから、タイミング的にも驚いた。
…ということで、本書である。各エッセイともに、相変わらずの恐ろしいまでの面白さと先生の炯眼ぶりだ。もうただひたすら平伏した次第であった。特に対談シリーズはセレクションがスゴすぎる。女探偵(大徳直美さん)、樹海(栗原亨さん)、そして草食男子(竹内久美子さん)ときたもんだ。先生のあくなき探求心は、我々にいつもステキな知識を授けてくれるのだ。特に女探偵の大徳さんの浮気調査の方法とか費用とかがものすごくリアルでおもしろかったですね。
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