書評

『花がないのに花見かな』解説

文: 今 柊二 (エッセイスト)

『花がないのに花見かな』 (東海林さだお 著)

 ただ、定食に関する雑文を書いている私にとっては、食べ物に関するエッセイがことさら深くシビレる。私が特にシビレたのは「ニッポン自炊旅行」であった。自炊という言葉に惹かれてI青年とともに万座温泉の豊国館で半自炊をするのだ。文章のなかで、先生は若いときに下宿生活をし自炊をしたことがあると述べられている。先生は『ショージ君の青春記』をはじめ、若き修行時代の思い出を何度か記されている。東海林先生の作品はまるで万華鏡のように多面的な面白さがあり、人によって最も琴線に触れるところが異なるけれど、私的には、先生のこの時代のお話がかなり好きだ。先生はご自宅を出て国電(当時)大久保駅近辺に下宿されたわけだが、そこで自炊に励まれた。台所は別室だったため、先生は押入の中に寝具、料理道具、食料などを収納され、床の間でキャベツを刻まれることもあった(『笑いのモツ煮こみ』の「わが青春の大久保」にステキなイラストが!)。作成されていたのは「マルハの魚肉ソーセージ、マヨネーズ和え」か「豚コマモヤシ炒め」だった。私はこの箇所に最も共感を覚える。1986年に私は大学入学のため四国から横浜に上京して相模鉄道の星川駅そばに下宿した。そのアパートは前は幹線道路、後ろは相模鉄道の線路、窓を開けると踏切が立っているという立地で、常に轟音が鳴り響くものすごい下宿だった。台所はついていたけれど、大家が「火災が怖いから」ということで、ガスはなく、代わりに火力の絶望的な電熱器を貸してくれた。そのため、東海林先生のように炒め物をすることはできず、買ってきたチキンカツ(100円)に千切りキャベツ、もしくは炊飯器でつくることのできるシメジと油揚げの炊き込みご飯と安い豆腐に穴を開けてカニかまフレークを突っ込み、それをオーブンで焼くという不思議な食べ物をつくっていた(醤油をかけて食べるとわりとうまい)。カニかまフレークは、なぜかその缶詰を母親が大量に送ってきていたから、それを運用したわけだ。さらに水曜日には近所の精肉店で唐揚げ100グラム100円セールをやっていて、それを200グラム買うのがささやかな贅沢だった。こういう若い時の具体的な食べ物や値段の詳細は記憶に深く刻みつけられているので忘れませんね。あっ、「往年の食べ物を具体的に値段とともに書く」ということも私は東海林先生に学んだのだ。

 さて、あのころの自炊は、はじめたばかりで、作り方もおぼつかないし、台所や予算にも大きく限界があって、とても不便で満ち足りていなかった。それでも今思い返すと、ものすごく楽しかった。先生は豊国館の半自炊でその楽しさを思い起こしていらっしゃる。特に買い物の記述がものすごくワクワクする。往年を思い出して、もやしや魚肉ソーセージを買い、ふんだんに食材を買うものの、「自炊の節度」を守るためにウイスキーはトリス、マグロはブツ、タコもブツ、牛肉はモモ、そしてモツと全体のスジを通しているのがすばらしい。大学時代に、鍋パーティの買い出しで、友人(自宅)がいきなり特上牛ロース肉をスーパーのカゴに入れたので、「おまえは何ということをしているのだ」とそいつに逆上したことを思い出した。このあたりの節度を守るというのは、やはり一人暮らしをして自炊しないと身につきませんね。かくして、東海林先生は買い出しの後、I青年と自炊を敢行し、朝食のための食材の配分も考えつつ料理をつくり、コップがなかったので、湯呑みでビールを飲む。それでも東海林先生のお書きになっているようにとても楽しそうだ。

 …ああ、私もこの豊国館にいって自炊をしてみたい。あっ、それもいいけど、いっそのこと、「自炊ランド」というテーマパークをつくって、地方から上京してそのまま居着いたおっさんたちを「自炊を楽しめますよ」と客として呼び込むのはどうだろう? 自炊のために様々なバージョンの下宿をアトラクションとしてこしらえて。狭い部屋バージョン、おせっかいの大家バージョン、ああ寮バージョンも必要だな。おっさんたちに受けないかな、いかがでしょう? 東海林先生?

花がないのに花見かな
東海林さだお・著

定価:510円+税 発売日:2014年04月10日

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