- 2010.12.20
- 書評
知日派二大巨頭の「生身の言葉」
文:春原 剛 (日本経済新聞社国際部編集委員)
『日米同盟vs.中国・北朝鮮――アーミテージ・ナイ緊急提言』 (リチャード・L・アーミテージ ジョセフ・S・ナイJr 春原剛 著)
ジャンル :
#政治・経済・ビジネス
「日米安保条約の改定五十周年を記念して、三人で本でも出しますか」――。
半ば思い付きで呟いた言葉に即座に反応したのはジョセフ・ナイ教授だった。「それはいいアイデアかもしれない」と顔をほころばすナイ教授の表情を見て、「ひょっとして、いけるかもしれない」という気になったのは今年の初めころだ。早速、リチャード・アーミテージ氏にも趣旨を説明すると「君の望み通りにすればいい」と、これまた快諾の返事。この瞬間、アーミテージ、ナイという米共和党と民主党を代表する知日派による「紙上鼎談」というユニークな執筆コンセプトがまとまった。
本編でも触れているので、もう説明する必要もないと思われるが、リチャード・アーミテージ氏は一九八〇年代にレーガン政権で国防次官補としてアジア安保戦略を統括し、それまでのニクソン・キッシンジャーによる「チャイナ・カード(中国重視路線)」から日米同盟を基礎とする戦略へと転換を促した立役者の一人として知られる。海軍特殊部隊(SEAL)の一員としてベトナム戦争に従軍したこともあるそのいかつい外見ともあいまって、今では政界、官界だけでなく、一般の日本人の間でも最も有名な米国人の一人に数えられるのではないだろうか。
かたや「ソフト・パワー」の生みの親としても知られるジョセフ・ナイ氏も、ハーバード大学で教鞭をとるかたわら、一九九〇年代にクリントン政権でアーミテージ氏と同じ国防次官補の要職を務め、経済重視・中国偏重の傾向が強かったクリントン政権において、日米同盟の重要性を一貫して説いて回った中心人物として知られる。「同盟関係とは酸素のようなもの。豊富にある時はその存在すら気付かないが、なくなると途端にその有難味が身にしみる」。そんな独特の言い回しで日米同盟体制の価値を早くから見出していたナイ氏がいなかったら、日米同盟体制は今よりももっと早く危機的な状況に陥っていたことだろう。
日米同盟に対して、この二人が残した功績は数多いが、なかでも特筆すべきなのは「米国のアジア戦略において、日米同盟を基軸とする」という基本方針を党派を超えてまとめあげたことだ。結果、共和党、民主党のいずれがホワイトハウスの主になっても、その考え方を基盤にするという政治的コンセンサスは今、米政界で半ば常識となりつつある。両氏が共同座長として二度にわたってまとめた「アーミテージ・ナイ報告書」はそうした考え方の結集であり、党派や世代、考え方の違いを超えて、日米同盟体制を取り巻く様々な案件について幅広く議論し、深い熟慮を経た政策提言書として知られている。