書評

完璧な叢書

文: 池上 冬樹

『精選女性随筆集』全十二巻 (小池真理子/川上弘美 選)

人間くさい女性作家たち

 あるいは、川上がいう野蛮。川上は幸田文を念頭において“野蛮”を使っているのだが、“どうしてこんなにいいんだろう”とほめちぎる武田百合子にもいえるだろう。『富士日記』は日記の文章だからあからさまになるのは仕方ないとはいえ、夫の武田泰淳との会話(「うんこビリビリよ」と言うと「俺は病気の女は大キライ」と言う。憎たらし)などは特にそう。一方で食事や風景を鮮やかに切り取り、さらに友人・知人の作家との交流も賑やかで同時に切ない(愛犬ポコの埋葬や作家椎名麟三を悼む「椎名さんのこと」はたまらなく哀しい)。

 武田はあらゆるものを見つめ語っているのだが、それは幸田文にもいえる。とりわけ人生相談「『なやんでいます』の答え」が颯爽としている。ケチな夫や浮気性の夫をもつ妻たちの悩み、さらに太っていると嘆く15歳の少女の悩みにテキパキと明快に答えていて胸がすく。“柔軟。闊達。自由自在。たとえばそれは、ぶっ飛んだかっこよさ、という乱暴な言葉でもって、わあわあ褒めたてたくなるような文章なのだ”と川上が述べているが、“ぶっ飛んだかっこよさ”をもつ作家など、いまどこにいるだろうか。余談になるが、岡本かの子は大正から昭和にかけて夫と愛人二人と同居生活を送ったし(パリにいる息子岡本太郎にあてた真情あふれる手紙がいい)、白洲正子は自殺した銀座のママの人生を肉体交渉をもった作家たちの実名をあげて(!)回想している(洞察力に富む文章にはしみじみ感じ入ってしまう)。

 小池真理子が向田邦子の魅力を、“人間らしさ”ではなく“人間くささ”にあると述べているが、それは本叢書の作家たち全てにいえることだろう。女性の権利はあまり認められず、地位は低く、社会的な制約の多い時代に生きぬいた彼女たち。悲惨な戦争を体験した作家もいて、ニヒリスティックになってもいいのに、なんと優しく逞しくほがらかであることか。生きる辛さと喜びがそのまま言葉になり、おしきせの文章ではない文体を確立した。激しい時代の荒波などない、平和で寛容な中流社会のなかで生まれ育った現代作家がもたない堅固な内面があり、親しみやすい「人間くささ」がある。その唯一の個性にふれたくて、読者は何度も読み返すことになるのではない か。

精選女性随筆集 第十一巻 向田邦子

小池 真理子・選

定価:1890円(税込) 発売日:2012年12月05日

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精選女性随筆集 第十二巻 石井好子・沢村貞子

川上 弘美・選

定価:1890円(税込) 発売日:2012年12月05日

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