山本一力は、デビュー作『損料屋喜八郎始末控え』以来、深川を舞台にした人情時代小説を書き続けている。ところが、2010年の暮頃から、故郷・土佐(高知県)の英雄を主人公にした大河歴史小説『ジョン・マン 波濤編』と『龍馬奔る 少年篇』を相次いでスタートさせ、周囲を驚かせた。
著者はインタビューで「東京へ出てきた時は、田舎のしっぽを切り捨てようと思っていた。しかし、年齢とともに、ふるさとを誇りに思うようになった。今は土佐が自慢だ」(「東京新聞」2009年10月23日)と答えており、故郷と真正面から向き合ったことが、“土佐もの”を執筆する原動力になっているようだ。その意味で、著者の関心が幕末から時代をさらに遡り、初の戦国ものとなる『朝の霧』へ向ったのも必然だったといえるだろう。
土佐の戦国武将といえば、人気アクションゲーム『戦国BASARA』などの影響もあって、長宗我部元親がブームになっているが、著者が主人公に選んだのは、その元親に滅ぼされた蘇我玄蕃頭清宗(波川玄蕃)である。
全国的な知名度どころか、地元でも知る人が少ないようなマイナーな武将に興味を持つ切っ掛けをうかがったところ、発端は高知の名産品・七色和紙の取材だったようである。「いの町紙の博物館」を訪れた著者は、館長から七色和紙の関連で玄蕃と妻の養甫の話を聞き、「その日を境に、多方面から波川玄蕃と養甫の話が届き始めます。対象が先方から寄ってくる実感を得た」ことで、玄蕃を主人公にした歴史小説を書く決意を固めたという。
著者を魅了しただけに、玄蕃は孫子などの兵法に精通した軍略家であると同時に、領民に慕われる善政を行った優れた武将だったようだ。長宗我部の大軍と互角に渡り合いながらも、圧倒的な戦力差を知る玄蕃は、無益な戦いを避けるため元親に臣従し、常に最前線で戦う。しかし玄蕃の知略と信望を恐れる元親は、ことあるごとに玄蕃を陥れる謀略をめぐらせるのである。
やがて元親は、一条兼定から取り上げ一門衆に与えたものの、領民の抵抗が根強い山路城へ玄蕃を移封し、統治を失敗させて処罰しようとする。だが着任した玄蕃は、領民が反発する理由が、元親の強権的な命令にあることを見抜く。そこで兼定時代のやり方に戻した玄蕃は、一条家旧家臣と領民の信頼を勝ち取り、特産物に恵まれた山路をますます発展させていくのである。
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