地域の特性や伝統を無視して、画一的な規制を押し付ける元親を中央省庁の官僚とするなら、玄蕃は改革派の知事といえるかもしれない。元親の政策を否定する玄蕃を見ていると、中央集権化を国是とし、地方の独自性を喪失させた明治以降の日本の方針が、本当に正しかったのかを考えさせられる。
それだけに著者は、新鮮なサバ、四万十川の川魚、搗きたてのにカツオのダシ、青菜とかまぼこを具にした雑煮など、土佐の郷土色を前面に押し出しながら物語を進めている。中でも、パチンコのように小石を遠くに飛ばす高知の郷土玩具「ブンヤ」は、元親の大軍と玄蕃軍が激突するクライマックスで、あっと驚く使い方をされているので強く印象に残るはずだ。
著者によると、手製の「ブンヤ」は「男児必携のおもちゃ」で、一力少年は「小粒の木の実を弾にして、神社の境内や高知城近くのすべり山で戦闘ごっこにのめり込んだ」とのことなので、「ブンヤ」を使った戦闘シーンは、郷土愛と子供の頃の夢が混ざり合って生まれたと考えて間違いあるまい。
玄蕃は、「武勇伝」を誇ることを嫌い、領民を救うためなら平然と命を投げ出す武将とされている。そのため、覇権主義を唱える兄の元親よりも、平和主義者の夫・玄蕃を信頼している養甫、偉大な父の言動を理想として真直ぐに育った子供たちが織り成す夫婦愛、親子愛も丹念に描かれている。
また、戦場で刀槍を使う武士ではなく、主君の吉凶を占う易断師の高嶋注連次、天気予報をする空見師の片岡岩次郎、元漁師の炊事人頭・後作など、職人的な技能で玄蕃を支える男たちの活躍が活写されているのも面白い。
ここには、歴史を動かしたのは武士ではなく、職人や商人といった庶民である、という深川人情ものと共通するテーマがある。著者が無名の玄蕃を主人公にしたのも、庶民を主役にして、自分は裏方として汗を流す為政者こそ真の偉人であることを示すためだったように思える。当然ながら玄蕃の謙虚さは、パフォーマンスばかりに熱心な現代の政治家への皮肉でもあるのだ。
玄蕃と同じように、ローカルなヒーローは全国各地にいるだろう。玄蕃を通して、土佐の魅力を余すことなく伝えている本書は、地方の自治や活性化を成功させるには何が必要なのか、そのヒントも教えてくれるのである。
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