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日米大搾取のパラレル

日米大搾取のパラレル

文:湯浅 誠 (「反貧困ネットワーク」事務局長)

『大搾取!』 (スティーブン・グリーンハウス 著/湯浅誠 解説/曽田和子 訳)


ジャンル : #ノンフィクション

がんばれない社会に

   このビジネス環境が生み出した究極の姿が「低賃金の殿堂ウォルマート」(八章)だ。「毎日安売り」をモットーに世界最大の会社に急成長したこの小売業者は、時給制フルタイム従業員を、四人家族の貧困ラインから一五〇〇ドル下回る平均年収一万九一〇〇ドルで雇用し、そのうち五%の従業員の医療費を日本で言う生活保護の一種であるメディケイド(医療扶助)によって賄(まかな)わせている。そこでは、盗難を防ぐために従業員が夜間店舗に監禁され、上司がコンピュータ操作によって従業員の勤務時間を掠(かす)め取り、児童労働が行われ、組合潰しが行われる。それだけではない。ウォルマートが進出した地域では、他の小売業者が対抗するために自分たちの従業員の賃金と福利厚生のカットを迫るという「ウォルマート化現象」が起こる。ある地域では、八年後には、業種にかかわらず労働者一人当たりの所得は二・五~四・八%下がったという。またウォルマートは、商品を供給する取引会社に、生産拠点の海外移転を迫る。こうして雇用の喪失と低賃金化が地域全体に進行し、地域を衰退させる。「毎日安売り」の大義名分の下で「社会全体から見れば、われわれはどん底へ向かう競争に突入している」のだ。

   こうした結果、「現代のアメリカの家族は安全ネットなしで綱渡りをしているようなものだ」と指摘されるような状態に陥っている。そして著者グリーンハウスは、現代アメリカ社会に対して、個別企業や労働者の問題を越えた危機感を抱く。朝五時二〇分に起き、時給一〇ドルのダブルワークで一五時間働き、働けない妻と二人の子を養っているマイケル・ジョンソンが「子供たちが成長する姿が見られない」と嘆くのを聞くとき、著者は思う、「どこか肝心なところが狂っている」と。彼の危機感は、ひとたび職を失えば、一気に生活手段のすべてを失ってしまいどん底にまで落ちる「すべり台社会」日本を見て、私が感じるものでもある。端的に指摘すれば、社会の持続可能性に対する危機感だ。子ども時代からの貧困が是正されず、大学は遠のき、前の世代に比べてはるかに不利な条件で働くほかなく、働いている間中プレッシャーをかけられ続け、医療保険も年金も不十分で、死ぬまでリタイアできない社会。こうした社会で、誰ががんばって働き、がんばって子育てをし、社会を守(も)り立てようと思うのだろうか。

 

  しかし、そのような成り行きは不可抗力でも不可逆的でもない。「王道はある」(九章)。著者はそこで、レジ係にウォルマートの副店長なみに給料を支払いつつ、全米四位の競争力を維持している小売業者、「アンチ・ウォルマート」コストコを紹介する。 

  コストコの実践例は、私たちに「グローバル経済競争に生き残るために低賃金化は仕方ないと言われていたが、本当にそれ以外の道はなかったのだろうか」という素朴な疑問を思い起こさせる。コストコの移動率(転職率)は一年以上勤務している従業員を見ると五%。対するウォルマートの移動率は毎年五〇%を記録し、六〇万人の新規従業員の研修費用は一〇億ドルに上る。効率一辺倒とまで言われた新自由主義的な経営手法は、本当に効率的だったのだろうか。新自由主義は、本当に自由な競争を保証したのか。それは単に、一部の人たちがより多く取りたいがために「必然だ」「効率だ」と言って騒ぎ立てていたものではなかったか。本当は、もっと多くの人たちが幸せになれる別の方法があったのではないだろうか。

大搾取!
スティーブン・グリーンハウス・著 , 湯浅 誠・解説 , 曽田 和子・訳

定価:2200円(税込) 発売日:2009年06月26日

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