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スイートに見せかけ、じつは硬派。<br />チョコのように芳醇なミステリ

スイートに見せかけ、じつは硬派。
チョコのように芳醇なミステリ

文:大矢 博子 (書評家)

『静おばあちゃんにおまかせ』 (中山七里 著)


ジャンル : #エンタメ・ミステリ

「組織」の正義、「個人」の正義

 そういう事件を前に静おばあちゃんは、正義は組織の論理に左右されるということを円に説く。その例にあげられるのが検事による証拠捏造事件だ。

 第1話で、テレビのニュースを見ながら円が「検事さんが証拠捏造だって。ひっどい話ね」という場面がある。具体的に何かを説明しているわけではないのだが、それでも読者は少し前に起きた実際の事件を連想するだろう。

 他の収録作でも同様に、読者が何らかの形で現実の事件を想起するようなエピソードが語られる。それは即ち、「組織の論理」に自分を合わせ、気づかないうちに自分の正義を曲げてしまった登場人物たちの行動は絵空事ではなく、現実に身近で起きている―読者の上にも起き得る事件なのだという証左に他ならない。そして怖いのは、その渦中にあると自分の正義がぶれていることに気づけないという事実だ。

 それがチョコの中にあるアーモンドの固さである。

 ユーモアやコージーといった甘いチョコレートでくるみながら、その核には読者がぞくりとするような固いアーモンドが入っている。自分は大丈夫かと問い直すことで、読者はそのアーモンドを噛み砕くのである。その味は、かすかに苦い。

 本書には5つの短編で語られる個々の事件とは別に、円の両親がなくなった轢き逃げ事件を追うという、全編を通した事件もある。こちらもまた、組織と正義の兼ね合いが大きく関わってくる。著者と静おばあちゃんは一貫して、自分の中にブレない正義を持つことの大切さを訴えているのだ。

 その正義とは何か、本書の中に答がある。その答となるセリフを読んだとき、苦いアーモンドの破片がチョコレートの中に溶けていくに違いない。

 なお、著者のもうひとつの持ち味は大仕掛けとも言える「衝撃の結末」にある。本書でもその持ち味は遺憾なく発揮されているので、楽しみに読まれたい。「えっ」と驚きの声を出したあとで、そう言えば確かにそれをほのめかす描写があった(いや「なかった」と書くべきか――その意味は読めばわかります)ことに驚くだろう。

 祖母と孫の家庭的な交流、ほんわかする恋愛模様(葛城と円が結ばれると葛城円になることに古代史ファンはお気づきだろうか?)、本格ミステリとしての完成度、社会派テーマが持つ苦み。それらすべてを味わった上で、大きなサプライズがあるという、なんとも芳醇な連作短編集である。著者の技に酔うこと間違いなしだ。

 ――もしかしたらこの作品は、アーモンドチョコではなく、ウイスキーボンボンなのかもしれないぞ。

静おばあちゃんにおまかせ
中山七里・著

定価:1418円(税込) 発売日:2012年07月12日

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