今年7月に文藝春秋から刊行された『スタフ staph』。この本をじっくり読み込み、著者である道尾さんと話すイベント「贅沢な読書会」が、9月25日(日)、横浜・みなとみらいのイベントスペース「BUKATSUDO」で行われた。
どんなところが贅沢なのか
この読書会は名前の通り贅沢なシステムを採用している。まず一度は読者だけで集まり、課題作についてじっくり語り合う。その2週間後に、今度はその課題作を書いた作家を招いて、直接意見を交換するのだ。作家にとっても読者と長時間にわたり会話できる貴重な機会だ。
この会のモデレーターは、数々の作家にインタビューする読書のプロ、瀧井朝世さん。彼女の進行で読書会は進んでいく。ここでは、作家を招いた読書会第2部の様子をお届けする。
「橋本環奈ちゃんは、声が違う」?
円形に配置されたデスクに着席する参加者たち。そこに作家の道尾秀介さんと瀧井朝世さんが姿を現した。道尾さんの簡単な自己紹介のあと、感想を語りあう会が始まった。参加者たちは『スタフ staph』を読み込み、一度全員でこの作品について話しあっているので、瀧井さんの呼びかけでさっそく質問がとびかう。
「登場人物はどのように考えているんですか」「モデルにした人はいますか」という質問に対する道尾さんの答えは「実在の人物をモデルにすることはない」というもの。俳優や女優をモデルにすると、書き手とそのモデルを知らない読者のあいだにズレが生じるから、文章で表現していることをすべてにしたい、とのことだった。ある女性参加者は「(登場人物の一人)カグヤを橋本環奈ちゃんのイメージで読んでいた」と告白するが、道尾さんは悩みつつ「環奈ちゃんは、うーん、声が違う」。道尾さんに会わなければ、彼女のなかのカグヤはずっと環奈ちゃんだったはず……。実際に作者と話すことで、登場人物のイメージもますます鮮明になっていく。
道尾秀介は女性脳?
『スタフ staph』は、道尾さんが初めて女性主人公に挑んだ長篇でもある。女性参加者たちからは、主人公・夏都さんに共感したという感想が多く寄せられた。ある参加者は、離婚経験者である夏都が元夫に会いにいくシーンについて「これは全部道尾さんが考えたんですか!? 凄すぎる!!」と驚嘆。彼女の行動と思惑が、あまりに女性らしかったとのこと。
それにこたえて、道尾さんが学生時代のエピソードを披露する。「大学のとき、男性脳:女性脳の比率を測るテストを受けたことがあったんですが、僕は100%女性脳だったんです。病的な方向音痴だし、未だに嘘みたいな道の迷い方をします」ひょっとすると、その女性脳のおかげで女性の共感が得られるのかもしれない。
固有名詞が小説に出てくるときは
小説の書き方についても質問が飛んだ。ある参加者は、なんと『スタフ staph』が連載されていた「週刊文春」をスクラップしたノートを持参! 連載原稿と単行本で変わったところを見つけることが楽しいという。連載にはあったのに単行本で消えてしまった描写について尋ねると、道尾さんは「何かが減っているとしたらほぼ100%、読み直したときに必要ないと思って削ったパターンですね。何回読み直しても、まだいらない部分があるんです。原稿を書いて、翌日見直したら半分くらいになることもありますよ」とのこと。
また他の参加者は作中に「マクドナルド」が出てきたことから「実在の企業名や固有名詞を出すときに意識していることはありますか」と質問。最近世の中の変化が激しくて2、3年で企業のイメージが変わったりするから、という理由だったが、道尾さんは「効果的なときだけ使います」と答えた上で例をあげる。「家に帰ってきて、彼はうがいをした、というとなんてことない描写だけど、家に帰ってきて、彼はイソジンでうがいをした、と書くと、急にその人の目鼻が見える気がしませんか」。作中の「マクドナルド」はどんな場面で使われているか、ぜひ確認してほしい。
この職業だからすぐに気づくタイトルと表紙の関係
さまざまな年代、職業の人が参加しているのもこの読書会の面白いところ。
実は『スタフ staph』というタイトルとカバーに描かれた絵には密接な関係があるのだが、この本を読むまえにそれに気づく人はほとんどいない。しかし、この読書会ではある職業についている読者が「このタイトルと装画を見ただけで、ああ~!と思いました」と発言。「さすが本職……」と皆がどよめく。瀧井さんが「読み終えて、スタフの意味を調べて初めてこの装丁が気持ち悪く見えるというのが狙いだったのでは」と呟くと、「でも、私たちにしてみれば気持ち悪くもなんともなくて、●●●●●●●というのは見えないだけでどこにでもあるもの」という、作品の本質につながるさらに鋭い指摘が。これには作者である道尾さんも大いに納得していた。
途中、道尾さんが取材をしたときのメモ書きや、参考にした雑誌記事を皆で回覧する場面もあり、終始アットホームな雰囲気のなかで進んだ読書会だった。
トークイベントやサイン会と異なり、ひとりひとりが自分の気持ちを焦らず無理なく作家に伝えている様子が見てとれた。同じ作品について語り合ったということで、読者同士の交流も楽しそう。本についての濃密な時間を過ごしたい人は、ぜひ体験してみてほしい。
【INFORMATION】
BUKATSUDO WEBサイト http://bukatsu-do.jp/
11月開催「贅沢な読書会」
詳細・ご予約受付→ http://bukatsu-do.jp/?eventschool=reading08
ゲストの作家は辻村深月さん。課題作は『朝が来る』(文藝春秋刊)です。