- 2011.12.16
- 書評
大反響の作文集から生まれた
涙と希望のドラマ
文:藤吉 雅春 (ジャーナリスト)
『「つなみ」の子どもたち 作文に書かれなかった物語』 (森健 著)
ジャンル :
#ノンフィクション
10編の物語の冒頭に描かれたのは、弟と母親を亡くした小学2年生の中村まいと父親の話だ。まいは作文の中で「大切なものがながされました」と書いたが、それが何かは書かれていない。
まいは母と弟の死についても一言も触れていない。まだ心の整理ができていないのか。そう感じた著者が、月日をかけてこの少女と父親に触れあっていくと、ある時、父親はこう口走る。
「(妻は)義弟に殺されたと思っているんですよ」
次第に家族の歴史が紐解かれていく。同居していた飲んだくれの義弟がいた。彼の遺体は作業着姿だった。夕方出勤なのに、なぜ作業着だったのか。おそらく朝まで飲んで寝ていたのかもしれない。妻は津波から逃げようとしたのに、義弟が足を引っ張ったのではないのか。本当は妻の実家から引っ越す予定だったのに……という後悔と罪悪感が父親を苦しめる。そして彼は復職した仕事が手につかなくなり、ノイローゼになった。彼は娘を養護施設に預けようとした。その時、あの作文を書いた娘がとった行動とは――。
また、「不良息子奮闘記」は、作文集『つなみ』の中でも全国の読者から「涙した」という手紙が集まった、高校1年の鈴木啓史が主人公だ。
しかし、著者の森健氏は啓史の母親から作文を渡されただけで、啓史本人には会ったことがない。津波に流されそうになりながらも、泣きじゃくる妹を助け出し、おぶって無我夢中で走り続けた啓史とはどういう少年なのか。
学校で彼の作文は話題となる。まるで、スポットライトを浴びたスターだ。しかし、必ず「あの啓史が……」という枕詞がつく。迫力ある言葉で津波からの生還を綴り、読む者誰をも元気にさせる作文を書いた啓史の姿が、次第に浮き彫りになっていく。最後に森健氏と対面する啓史とは―。
行政の復興計画が確定しないため、なかなか仕事を再開できず、年齢のせいか萎えていく父親。また、妻を失った強い喪失感から何度も自殺を考える父親。何とかしてやれないのかと心を塞がれるような思いで読み進めると、彼らは最後の最後には息を吹き返す。それは、親の姿を静かに見つめ続ける小さな子どもたちが、親以上に家族を守ろうと懸命だからだ。暖かい眼差しで寄り添い続ける著者にも、これは予想外の展開だったのではないか。
理不尽で割り切れないのが世の中ならば、どこかで折り合いをつけてくれるのが人間の縁であり希望だと思わせられた。最終章では、吉村昭の『三陸海岸大津波』に作文が収録された孤児、牧野アイと著者は出会う。90歳になる彼女のドラマは必読である。
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