2011.09.20 書評

フィクションの名を借りた「秘密の暴露」だ

文: 竹内 明 (TBS報道記者)

『警視庁公安部・青山望 完全黙秘』 (濱嘉之 著)

 読者の皆さんにとって「公安」は謎めいた不気味な組織であろう。警察内部でも同様で、公安捜査官は機密の壁の向こうに存在する別世界の住人だ。左翼、右翼、外国スパイ、テロリストによる特殊犯罪の摘発を任務とするが、組織の実態は決して明らかにされない。協力者獲得工作、逮捕、捜索といった捜査活動が徹底した情報管理のもと完全秘匿で行なわれる。このため警察小説が氾濫する中でも、主人公のほとんどは刑事であって、公安捜査官の姿をリアルに描いた小説に出会う機会は少ない。

「警視庁公安部・青山望 完全黙秘」は元公安捜査官という異例の経歴を持つ小説家・濱嘉之の新作だ。最大の特徴は圧倒的なリアリティーが宿った描写である。

 ストーリーは、現職の財務大臣が、衆人環視の中で刺殺されるところから始まる。現行犯逮捕された男は、「完全黙秘」を貫いて、氏名すら明らかにしない。警察は男に「博多東三号」と名づける。

 この難解な事件に挑むのが、公安部の青山、組織犯罪対策部の大和田、刑事部捜査1課の藤中、刑事部捜査2課の龍という、固い友情で結ばれた同期4人の捜査官だ。
「博多東三号」の背後にいるのは、狡猾な経済ヤクザ・宮坂。青山ら4人は、宮坂と繋がった政治家、さらに政界の黒幕と呼ばれる面々の複雑に絡み合った人脈を解きほぐしてゆき、財務大臣刺殺事件の真相に1歩1歩迫ってゆく。

 こうした過程では、捜査テクニックがふんだんに描かれる。私が「ここまで書いて大丈夫なのか」と、思わず冷や汗をかいたのは、公安警察による非合法、非公然捜査の描写だ。捜査対象の漁船に、ピッキングで侵入し、盗聴器を設置する様子、捜査目的を偽装して対象の家に上がりこみ室内に盗聴器を仕掛けてしまう場面は、現職時代の濱の経験が素材になっているのではないかと想像をかきたてられる。スパイ映画ばりのアクションがあるわけではなく、さも、当然の所作のごとく淡々と描かれているところに、実戦的な凄みがある。まさにフィクションの名を借りた「秘密の暴露」だ。

 刑事は「ブツ(証拠物)」から、公安は「情報」から犯人を追う、といわれる。

「刑事対公安」という対立の図式は、対極にある捜査手法が原因となっている。警察の威信をかけて臨んだ「警察庁長官銃撃事件」の捜査も、両者の対立の狭間で迷宮入りが確定したのが真相だ。

完全黙秘
濱 嘉之・著

定価:690円(税込) 発売日:2011年09月02日

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