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フィクションの名を借りた「秘密の暴露」だ

フィクションの名を借りた「秘密の暴露」だ

文:竹内 明 (TBS報道記者)

『警視庁公安部・青山望 完全黙秘』 (濱嘉之 著)

出典 : #文春文庫
ジャンル : #エンタメ・ミステリ


 しかし、本書に登場する同期4人組にとって、刑事と公安の確執など過去の遺物にすぎない。彼らは微妙なライバル心を覗かせながらも、互いを認め合い、それぞれが独自の手法で、真相を暴いてゆく。職人的な泥臭さも、濃密な人間関係もなく、困難な作業を涼しい顔でこなす器用さがある。

 主人公の青山は組織のヒエラルキーなど物ともしない。上司から「総監命だ」と指示されても、こう言ってのける。

「階級で捜査ができるのなら、みんな警視総監にしてやればいいじゃないですか」

 既存の警察小説にはない、新しい世代の警察官像がそこにはある。

 一方で、主人公よりもキャラクターの濃い脇役たちが、警察組織の病理を浮き上がらせている。所轄同士で縄張り争いするベテラン刑事。ゴマすりと管理能力だけで出世してきた捜査幹部。ノンキャリアの生殺与奪の権を振りかざすキャリア課長。こうした面々がストーリーのスパイスとなって、旧態依然たる組織文化を伝えている。

物語に組み込まれた「旬な情報」

 途中まで読み進めて、私ははたと気付いた。本書には、濱嘉之が20数年の警察官人生で味わった歯がゆさのようなものが、凝縮されているのだ。蓄積された組織への憂慮が、「青山望」という、ひとつの理想へ向かって筆を突き動かしているのだろう。

 実は、私は警視庁にいた頃の濱嘉之を知っている。「青山望」と同じ、公安部公安総務課に所属していた濱は、「IS」というコードネームで呼ばれるチームで政界、財界、暴力団など幅広い情報を収集していた。実態不明の公安部においても濱はひときわ、謎めいた存在だった。権力を微塵も感じさせないソフトな語り口、警察官然としていない洗練された立ち振る舞い。しかし、スーツの下には頑健な肉体が隠されており、感情を読み取らせない、公安捜査官ならではの不気味さも兼ね備えている。そして特命を帯びると前触れもなく長期間姿を消す。永田町から怪しげな繁華街まで、あらゆる情報交差点に出没し、協力者獲得を進めているとの噂もあった。

 本書の終盤、濱が社会の表裏に浸透した情報マンであったことを、私は再確認することができた。経済ヤクザ・宮坂が金谷議員に食い込んでいく過程は、実在する有力国会議員と企業舎弟による「政治とカネ」のスキャンダルがモデルになっていると思われる。ほかにも情報を生業とする人々が、思わずにんまりとする「旬な情報」が、ふんだんに隠されている。

「完全黙秘」は、実話が複雑に組み合わされて、ストーリーの骨格を作り上げている。きっと濱嘉之は過去の蓄積だけでなく、小説家に転身した今も、地下深く潜って情報収集活動を続けているに違いない。

完全黙秘
濱 嘉之・著

定価:690円(税込) 発売日:2011年09月02日

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