知っているようで知らない書店のことについて、全国各地の書店員さんが顔出しで回答する「10人の書店員に聞く<書店の謎>」。いよいよ今回は、人生を変えた本についてお答えいただきました。
いままでで自分の人生観が大きく変わった本は何ですか? どのようなことが心に響きましたか? また自分の人生について考えるきっかけとなるようなおすすめの本は何ですか? (愛媛県 10代 女性)
内田剛(三省堂書店神田神保町本店)
『がんと向き合って』です。この本の刊行は2002年ですから、もう10年以上前にもなります。当時入社10年、年齢も30歳にさしかかり、さまざまなことで思い悩んでいた時に出会いました。内容は朝日新聞記者の上野創さんご自身のがん闘病記ですが、自分よりも若い方が今日・明日と知れぬ命と向き合って、懸命に生きている姿に感銘を受けました。自分の悩みは、なんとちっぽけだったんだ、と。目に見える風景が一変して、読んだその日から1日1冊の読書生活が始まりました。単行本は晶文社、いまは朝日文庫でも読むことができます。ともに日本一売りましたが、まだまだです。皆さんもぜひ。
岡一雅(MARUZEN&ジュンク堂書店梅田店)
『銀河英雄伝説』(田中芳樹/創元SF文庫)。著者の歴史への造詣の深さを窺わせる物語世界の堅牢さと主人公ラインハルトとヤン、そして2人を取り巻く人たち。「銀英伝」の魅力は色々ありますが、中でもヤンの政治観に強く惹かれました。最良の専制政治と対比して語られる最悪の民主政治。明らかに分が悪い条件の下、ヤンが時には迷いながらも語る民主政治の理念は、民主主義のシステムの長所より短所への批判が喧しい世の中に生きる自分には目から鱗でした。物語だからなのかも知れません。ですが、そこで語られたのは民主政治の在るべき「理想」ではなく、民主政治を行う上で必要とされる「理念」。公民の授業では決して気付くことはなかったものでした。シリーズ8巻では読んで号泣してしまった程、ヤンのファンになりましたが、あれから20年。この小説に出会えた事は今でも本当に幸せだと思います。
高橋佐和子(山下書店南行徳店)
『窓ぎわのトットちゃん』(黒柳徹子/講談社文庫)。一番最初に私を大きく変えてくれた一冊です。人付き合いが下手で、一人遊びばかりしていた小学校のときの私。上手く打ち解けられなくて輪からはずれていたように思います。何が原因だったかも分からず、存在しているのに空気みたいな自分にイライラしていました。母が買ってくれたこの本。校長先生がトットちゃんに言います。「きみはほんとうはいい子なんだよ」。不思議ですが、たった一行でふっと心が軽くなったんです。その後、学校に行ったとき現状は変わらないのですが、気持ちに変化があったんです。今は、何が何だか分からず辛いけれど、「いつか、誰かの力になれる人になりたい」と思えたんです。今も、継続している想いです。書店員になってから、その想いは強くなっている気がします。今思うと、寂しかったんだなと思います。自分自身を変えていくことを知らず、待ってばかりいたんでしょうね。私の原点です。自分自身に不安を感じたときに読んでみてください。道を照らしてくれるはずですから。
山本善之(くまざわ書店大手町店)
北方謙三さんの『水滸伝』(集英社文庫)シリーズです。「小説すばる」にて1999年連載開始。物語は『楊令伝』『岳飛伝』と引き継がれ、今も連載が続いています。文庫になったのが2006年。私はそこからようやく購入開始。北方版の水滸伝は独自の解釈と創作が加えられており、百八人が梁山泊に集う前に死んでいく者もいます。限られた将軍がいなくなると人材不足に陥りますので、自信の無い者も兵をまとめる立場になったりする。それでも、自分のできることで戦うしかない。
これが前職で不相応と感じる役職を与えられた私の立場と一致して、登場人物の死にざま(生きざま)から目が離せなくなりました。本を読む時間が殆どないときでも、この小説だけはと私を本屋に向かわせてくれた大切な作品です。長いシリーズと共に過ごし、そこに多くの思い出が染みついています。生涯読める長寿作品に出合ったことで、私の人生は少しずつ変わっていきました。