江戸時代からつづく丹賀宇多(にかうだ)村の名主で、大地主の可津倉家の次男坊として生まれた静助さん。
偉人でも賢人でもない。
凡人だ。
見ようによっては凡人以下だ。
こう評される人物を〈わたし〉は書きたくてたまらなくなる。そして時は明治――花火に心を奪われた男の生涯を辿るこの物語の幕が上がる。
「6、7年前に花火で全財産を費やしてしまった人の話を聞いて、ずっと印象に残っていました。それを小説に書きたいという気持ちが、ごく自然に湧き上がってきたんです」
こう語る著者の大島真寿美さんだが、これまでの長いキャリアの中で書いてきた小説の主人公のほとんどは女性、多くは現代が舞台だった。
「明治時代から続く花火屋さんに伺って、花火のイロハを教えていただこうと思ったんですけれど、最初は勉強不足で何が分からないかも分からない。空気感を味わってみようと、隅田川の土手を歩いてみたり、猪子鍋を食べてみたりして(笑)」
しかし一方で、「これを書きたいと思った原点をしっかり忘れなければ、軸をきちんと書けるはず」と、確かな手ごたえはあった。実際、本書では明治維新後、急速に変化していく世の中で生きる人々を、主人公の静助に限らず、母の粂、兄の欣市、親友の了吉、幼馴染みの琴音ら、それぞれ丁寧に活写していく。
「近代というのは、日本にとって現代につながるスタート地点で、それがどんなものだったかを見てみたいという気持ちが、私の中にありました。〈激動の時代〉と言われ、そこで活躍した人たちの話は様々な形で残されているけれど、その外側にいて普通の暮らしをしていた人たちも大勢いたはず。嵐の中心にはいないけれど、その外側で変化を浴びて生きている人、変わらざるを得ないところで生きていた人たちを書きたいと思いました」
ご一新(維新)で徳川幕府が無くなり、名主という地位を失った家、都会で勉学に励むことになった優秀な兄、新しい商売をはじめた母、儲け話に飛びつく親友……変わりゆく周囲の中で、しかし静助の心を捕らえて離さないのはやはり花火だ。美しい丸い形、鮮やかな赤や緑、奇麗なものを見ることを願い、財産を損なうことも気にかけず花火づくりに熱中し続けた。
「ただ、人は一度でも同じものに心を奪われると、共犯者めいた意識が生まれるもの。静助の花火を見た人たちも幸せな気持ちを共有し、それをずっと忘れなかったはずですよね」
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『空に牡丹』 (大島真寿美 著) 小学館
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