『きみ白(下駄)』は、どんな作家でも一度きりしか書けない青春の(危機をくぐり抜ける)物語である。本来、生まれるべきでない場所に生まれたセンスのいい少年が、さまざまな葛藤を経て、のびのびと生きていける自分の居場所を見つけるまでの貴種流離譚だ。
葛藤の原因は二重化されている。地元(GMT!)VS東京と童貞非モテ系VS非童貞モテ系である。考えてみると明治以降に書かれた青春小説の九十パーセントは、深刻か軽快かとトーンは違っても、この主題を基に創作されている。恋と出世が近代日本のメインテーマで、ずばり青春小説の王道なのだ。
童貞問題はリーマン予想や暗黒物質とならんで、かつて男子高校生であった読者なら誰にでも納得できるように、間違いなく宇宙の謎の根幹にかかわるアポリアだ。親友に身長一五○センチの暗いおばさんに似たガールフレンドができる、京都で見かけた美少女と一対多の無茶な文通をする、四角い顔の歯医者の娘を別な相手だと信じて電話だけで好きになる、松本小雪似の男好きな年上に童貞を奪われそうになる。腹を抱えて笑えるエピソードが満載だ。笑いが静まるとあのころを思いだして、誰もが遠い目をするだろう。そう、あのころの未来を、ぼくたちは生きている。もう童貞ではなくなったけれど、童貞ってよかったなあ。あんなに音楽が身に染みた時代は、二度ともどってこない。
解説からのんびり立ち読みしていないで、すぐにレジにこの本をもっていき、読み始めたほうがきっとたのしいはずだ。本来、この小説は解説を必要としない、数すくない痛快青春物語だ。ということは、この作品が小説として成功しているという意味でもある。
あの時代の切なさを真空パックのように封じこめているのだから。
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『赤毛のアン論』松本侑子・著
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