- 2010.03.20
- インタビュー・対談
作家としての幅を広げ「世界を理解する」ために
「本の話」編集部
『オープン・セサミ』 (久保寺健彦 著)
出典 : #本の話
ジャンル :
#エンタメ・ミステリ
──四月に発売される久保寺健彦さんの『オープン・セサミ』は、雑誌「別册文藝春秋」に「ザ・ファースト」という通しタイトルで掲載されました。青年から大人まで人が人生で初めて体験する出来事を描いた連作短篇集です。この「初体験」というテーマはどういうきっかけでできたのでしょうか。
久保寺 初めに「先生一年生」を書いて、担当編集者に読んでもらったら、こういう「初めて」というテーマで連作を書けないだろうかといわれました。自分の人生を振り返ってみても、初めての体験というのは鮮烈に覚えているので、そういうことを集めたら書くに足るものになるのでは、と思ったんです。
──ご自身の中で印象の強い「初体験」は何ですか。
久保寺 実は、この二月に父が急死しました。そういう経験は避けがたく、いつかはやってくることですが、本当にこんな形で来るとは思っていませんでした。僕は一人っ子なので葬儀を喪主として仕切りました。もちろんそれも初めての経験でしたが、いまだに肉親の死が実感できていないんです。理解が追いつかないというか、不思議な感覚でいます。この体験を作品にするとかいうのではなく、今までで一番鮮烈な経験なので、自分のために父の死はきちんと記録しなければと思っています。小説の中の登場人物たちも、望んでその体験をしている人はいないんですよ。皆、ある種の巻き込まれ型で、何か事情があって已(や)むに已まれず経験しています。そういうことってあるんだなと、書いた後で実感しています。どういう心境になるんだろうと想像はしていましたが、想像を絶しているところがありますね。六篇目の「さよならは一度だけ」は、老人が死ぬ話です。死は皆経験することですけど、自分の身近に起きてみると、これほど大きな出来事はありませんね。
──六篇のテーマは統一していますが、それぞれの世代を分けて書かれていますね。
久保寺 今まで五冊単行本を出していますが、すべて少年が主人公でした。子どものときに初めての体験をすることが多いわけですから、残っていた僕のその鮮烈な記憶を小説にしてきました。今回はそれだけではなく他の年代にも挑戦しようと思ったんです。六篇あるうちの三篇は二十代、三十代、四十代と僕がわかる年代ですが、残りの三篇は作家として書く幅を広げる意味で執筆しました。
──それらの作品では、体験のない未知の年代を想像で書かれたわけですが、いかがでしたか。
久保寺 六十代、七十代の方にも接してはいますので、まったく未知というわけではありません。年上の方のしぐさだったり、言葉だったりは案外自分の中にあるもので、自分がなったつもりで、演じるような感じで書くことができました。自信になりましたね。
──六篇の中で、難しかったとか、苦労されたものはありますか。
久保寺 「彼氏彼氏の事情」は中年男性、五十歳同士の話ですが、友情というのか、恋愛以前の不思議な感情というのか、そういう心の触れあいを描きました。生命保険会社勤務という設定なのですが、まったく未知の業界です。取材しましたが、これが大変でしたね。一番手間がかかりました。
──各世代の初体験はどうやって考え出したのでしょう。
久保寺 『オープン・セサミ』のためというのではなく、もともと作品の「ネタ帳」があるんです。タイトルもつけて考えています。「はじめてのおでかけ」とか。その中でこの世代でできるものは何だろうと取り出したものと、雑誌連載期間中に考えたものがあります。それぞれ半々といったところです。
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