江夏 そうですね。最初に話したように、一対一ではなく、組織として相手を倒すということに関して、新撰組の戦い方と野球の戦い方に通じる部分があるのかもしれません。
宮城谷 『燃えよ剣』というタイトルは、考えてみると実に不思議です。剣は燃えるはずがない(笑)。この剣というのは、要するに日本人の魂を象徴しているものではないでしょうか。
江夏 武士が主人公ですから、武士にとって剣はやはり魂の一部ですよね。それが燃えているというのは、日々、悔いのない生き方をしていたということだと思います。維新のときは、残念ながら若くして命を落とした方も多いですが、みんな何かに熱く燃えていました。
宮城谷 竜馬を書かれた司馬さんは、組織を飛び出して新しい時代を作ろうとする人物に興味をもたれていた。けれど、滅んでいくものを最後まで支えるような、忠義を貫く人物がお好きでしたね。
司馬さんのエッセーを読んでいると、中国の文天祥という人物が好きだったということがわかります。文天祥は十三世紀の宋の時代に生まれ、宋が滅亡するところを目撃する。北からおりてきたモンゴルの元という国と戦い、最後まで戦い抜いて、ついに捕らえられて処刑されました。当時は中国の歴史小説は売れない時代でしたから、文天祥のことはお書きになりませんでしたが、同じ主題を持った人物として土方を選び、『燃えよ剣』を書かれたのではないでしょうか。
歴史のヒロインの条件は?
江夏 今回の対談にあたって、編集部から司馬さんの小説の中で、特に好きな三冊を挙げてほしいと言われました。三冊といわれると、たいへん難しいものですね。
宮城谷 確かに三冊と言われても難しい。いろいろ考えてしまいますが、私がいつも机の周辺に置いている本の中に司馬さんの本が三冊あります。それは、『馬上少年過ぐ』『新史太閤記』『覇王の家』です。
江夏 宮城谷さんが選ばれたものは、どれも戦国期が舞台ですね。自分が好きなのは、圧倒的に幕末期から明治にかけての作品です。NHKで放送されている『坂の上の雲』も原作で読んだほうが、時代のおもしろさがずっとわかる。
宮城谷 それは地理的な問題もあるのかもしれません。江夏さんは関西のご出身ですから、幕末期の舞台となった京都や大阪の地理に親しめる。私の場合は愛知県の出身です。この地からは織田信長、徳川家康、豊臣秀吉が出ていますし、戦いのあった地との距離も近いですからね。
江夏 そうお伺いすると、戦国期の小説をもう一度勉強してみようかという気持ちになります。ですが、今回のところは、『燃えよ剣』もふくめて、幕末期から『花神』と『十一番目の志士』を入れた三冊を挙げさせてください。
宮城谷 私も好きな作品ですが、司馬さんの小説の中から『花神』を選ばれるのは珍しい。『十一番目の志士』は、やはり「組織」と「個」の問題を含んだ作品ですから、江夏さんがお好きと聞いて、納得しました。
江夏 『花神』の主人公の大村益次郎は、長州・周防の鋳銭司村出身でもともと武士ではありません。村田蔵六と名乗る医者に過ぎず、自身に出世や名誉欲があったわけでもなかった。それが自然の流れに乗って、最終的には倒幕の総司令官になっていく。時代のダイナミックな流れが、益次郎の激動の生涯を通じて伝わってくるような気がします。
もうひとつ、この作品にはイネというシーボルトの娘が登場します。あの時代には珍しい、混血の女性になるわけですが、非常に奥ゆかしい日本的な面がありながら、医学の道を自ら志し、当時の女性としては垢抜けたものを持っている。こういう女性に、ぜひとも会ってみたいと感じました。
宮城谷 司馬さんの担当を長年していた「文藝春秋」の編集者が、司馬さんの書く女性にはひとつのパターンがあると話していました。きれいな人だけれども、勝気。それでいて一途で頭がいい。
江夏 想像がつきます。
宮城谷 それが司馬さんの女性観で、益次郎が恋をしたイネもそういう女性ですね。竜馬を愛した千葉道場の佐那や、秀吉の正妻の寧々、『功名が辻』の千代もみな賢い。反対に淀君のようなただ美しいという人は駄目ですね。やはり司馬さんは、愛情に一途で利発な女性がお好きだったのでしょう。
江夏 司馬さんの本には、必ず魅力的なヒロインが登場しますね。『燃えよ剣』に出てくるお雪という女性の名前は、ごく平凡ですけれど、自分にとっては特別な名前です。それこそ、娘から可愛がっている犬にまで、その名前をつけたくらいですから(笑)。
宮城谷 女性を書くのはなかなか難しい。女性をどう書けるかで、作家の実力がわかるという編集者もいるくらいです。私も女性を書けるようになるまで、ずいぶん苦労しました(笑)。
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