2014.05.15 インタビューほか

宮城谷昌光×江夏 豊 司馬遼太郎真剣勝負

『三国志読本』(宮城谷昌光 著)より抜粋

宮城谷昌光×江夏 豊 司馬遼太郎真剣勝負

戦国期から幕末の動乱の時代まで。 果てしなく広がる司馬作品の魅力を徹底的に語りつくす──

江夏 豊(えなつ・ゆたか)
野球解説者。
一九四八年(昭和二十三年)兵庫県生まれ。六七年大阪学院高から阪神にドラフト一位で入団。入団一年目に奪三振王、翌年、当時の世界記録の四〇一奪三振を樹立、最多勝も獲得した。七一年球宴では九連続奪三振。その後、南海でリリーフに転向し、以降最優秀救援投手を五度獲得、七九年、八〇年に広島、八一年に日本ハムで優勝に貢献し「優勝請負人」と呼ばれた。八五年大リーグ挑戦後に引退。現在は野球解説者。

宮城谷 以前から司馬遼太郎さんの小説について、江夏さんと一度じっくり話をしてみたいと考えていました。ですから、今回の対談は非常に楽しみで、改めて作品を読み返し、資料もいろいろと整えてきました。

江夏 もったいないお言葉です(笑)。私は読者の代表として、宮城谷先生が作家の立場から、どのように司馬さんの小説を読んでおられるのか、いろいろと教えていただければと思っています。

宮城谷 江夏さんが愛読書に『燃えよ剣』を挙げていることは、ファンの方ならご存知かもしれません。けれど、実はそれにとどまらず、ほとんどすべての司馬作品を読んでいることはあまり知られていないでしょう。

江夏 新撰組に関して書かれたものだけでなく、『峠』『花神』『坂の上の雲』といった、幕末期から明治にかけての時代を書かれたものが特に好きです。こうした作品は一度ならず、何度も繰り返し読んでいますね。

宮城谷 まず、どのようなきっかけで司馬さんの作品と出遭われ、心酔されるようになったのでしょうか。

江夏 昭和四十二年にプロ入りした後でしたが、テレビで再放送された『新選組血風録』に非常に共感したんです。子どもの頃、全盛だった東映のチャンバラ時代劇では、新撰組というのはひたすら悪役。鞍馬天狗や桂小五郎がヒーローで、人数に任せて勤皇の志士たちをぶった斬る冷酷極まる新撰組には、“鬼”という形容詞がつけられていました。

 けれど、勤皇の志士ひとりに対して、新撰組が三人、四人と徒党を組んで、確実にその命を仕留めていく戦法に、自分としては感心しました。きれいごとではなく、これが本当の戦いであり、本当の強さなんだ、と。野球でもピッチャーひとりでは、打者を倒せません。投手と捕手のバッテリーふたりで、ひとりの打者を倒すわけですからね。

宮城谷 野球は団体競技ですから、ピッチャーは個人技で戦っているようにみえて、チームという組織の一員として敵と戦っている。江夏さんが、組織としての新撰組に興味をもたれた理由が、よくわかります。

江夏 それまで新撰組といえば、近藤勇や沖田総司がやや注目を集めていただけで、一般にはほかの隊士はほとんど知られていなかったと思います。それが『新選組血風録』を観ているうちに、土方歳三はもちろん、山南敬助や永倉新八、谷三十郎まで、こんなに魅力的な人物がいたのかと、さらに親しみを感じるようになりました。

 その後、土方歳三の生き方を描いた『燃えよ剣』がテレビ化され、このドラマを通じて、土方という男のことが本当に好きになりました。そこで、早速、司馬さんの原作も読ませてもらったのです。恥ずかしい話、小さい頃から読む本といえば、野球の本くらいでした。けれど、司馬さんの小説を読んでから、新撰組だけでなく、読書そのものの魅力にとりつかれました。今では枕元に本がなければ、寝付けません(笑)。

宮城谷 テレビの影響は大きいでしょうね。私自身も、NHKの大河ドラマになった『竜馬がゆく』(昭和四十三年)を観て、江夏さんと同じように原作が読みたくなった。ドラマの『竜馬がゆく』は、全体的に幕末の時代をあまりに暗くとらえすぎていました。そこで逆に、司馬さんの原作に興味が出たのです。

 私は時代小説に関して、基本的には柴田錬三郎さんのファンでした。司馬さんの文体はそれとまるで違う。大学時代に司馬さんの『梟の城』を友人から勧められてページをめくってみたときは、面白さは感じられなかったし、どことなく暗いイメージもありました。

 ところが、『竜馬がゆく』はまったく違いました。「司馬さんの文体は、こんなに明るかったんだ」と――そこから司馬さんの小説を読むようになり、どんどんのめりこみました。京都で中岡慎太郎と坂本竜馬が並んで葬られている東山のお墓や、寺田屋など、竜馬に関連する各所を巡ったこともあります。当時はまだ小説家ではなく、司馬さんの一読者でしたから、幸せでしたね。

江夏 『竜馬がゆく』は大河ドラマのこともよく覚えているし、原作もいち早く読みました。阪神タイガースにいた頃は、安芸のキャンプ場が、たまたま岩崎弥太郎の生家の近くでした。高知というか、土佐の方々は、坂本竜馬や中岡慎太郎のことも、つい先ごろまで生きていたように話しますし(笑)、自然と思い入れを感じるようになりました。

宮城谷 アンケートをとると、司馬さんの作品の中で、だいたいトップになるのが『竜馬がゆく』です。けれど、江夏さんは『燃えよ剣』のほうを好きだというからおもしろい。

江夏 やはり、自分は勤皇党ではなく、あくまで幕府方です。笑い話になりますが、ある番組で武田鉄矢さんと初めて対面したとき、武田さんは何しろ「海援隊」だから竜馬一筋で、こちらは新撰組一筋でしょう。取っ組み合いにこそなりませんでしたが、時間いっぱい言い合いになったことがあります(笑)。それでもまだ話し足りなくて、「プロ野球ニュース」のコーナーで武田さんをゲストにお呼びし、野球の話はせずにその話ばかりしたこともありました。

宮城谷 武田さんの弁護をするわけではないですが、竜馬は革命家ではあっても暴力的な人物ではありません。最終目標としては、合議的なより良い政府を作ろうとしていた。徳川家であっても有能な人物は明治政府に残そうと考えていたわけです。

 それよりも、土方と竜馬の決定的な違いは、組織内にいる人間と組織を飛び出した人間の違いでしょう。江夏さんの野球選手という立場では、必ず組織の中にいなくてはなりません。そのことが、竜馬のように組織を飛び出してしまった人間よりも、『燃えよ剣』の土方に興味を覚えた理由ではないでしょうか。

三国志読本
宮城谷昌光・著

定価:1,500円+税 発売日:2014年05月16日

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