片山 芥川賞作家の川上弘美さんの最新長編小説です。川上さんと言えば『センセイの鞄』。元教師の老人と昔の教え子の中年女性がまさかの物語をつむぎます。『水声』も「まさか路線」でしょう。実の姉と弟の物語。2013年に姉の「都」も、弟の「陵」も、共に50代半ばという設定です。2人は「一緒に眠るって、へんじゃないのかしら。わたしたち、きょうだいだし」と言いつつ、毎日同じベッドで寝ています。この異常さをサラサラと軟水を飲むかのように読ませるのが作家の腕ですね。
物語は過去と現在を自由に経巡り、姉弟の人生のどの時期にも満遍なく触れてゆきます。しかも姉の都の年齢は作家の実年齢にダブる。作者の世代の戦後史にもなっていますね。
都と陵には存在感の強い「ママ」と薄い「パパ」がいます。あと「武治」というママの娘時代からの知り合い。この男は探偵かつ犯人みたいに、複数の役柄を兼ねます。川上さんの小説は登場人物を少なく済ますのがとても上手ですね。
都は父親の不在を補うかのように、幼い頃から陵を懸命に守る。そうして築かれた、姉と弟の信頼関係が、大人になってさらに熟成する。ママの死や、地下鉄サリン事件など、危機に直面して、そのとき誰と一緒にいたらいちばん安心かと、都と陵がお互いを再発見する。東日本大震災以降、日本の小説には、信頼できる人間同士が一緒にいる幸せや、そうでないと感じる不幸を描くものが多いですが、そういう時代の課するテーマを川上流に描ききっています。
出口 姉弟の関係を題材に描きながら、個人がばらばらにされた社会に生きる現代人の孤独が見事に浮き彫りにされています。このテーマはその意味で極めて現代的です。というのも、2010年の国勢調査によれば、全世帯の32.4%が「単独世帯」つまり一人暮らしで、「夫婦と子供から成る世帯」(27.9%)を上回っている。以下、「夫婦のみの世帯」(19.8%)、「ひとり親と子供から成る世帯」(8.8%)と続きますが、「単独世帯」が最も多くなっている。夫婦と子供が揃って家族として暮らす形態は、もはや多数派ではなくなっているのです。僕は三重県の美杉村というところで生まれたのですが、村では夫婦と子供の世帯が常識で、独り身というのは極めて珍しい存在でした。当時は多かれ少なかれ日本中がそうだった。ところが、今は孤住が普通になっているのです。
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