書評

奇想の絵師の生涯を描く

文: 辻 惟雄

『若冲』 (澤田瞳子 著)

さわだとうこ/1977年京都府生まれ。同志社大学大学院前期博士課程修了。時代小説のアンソロジー編纂を行い、2010年『孤鷹の天』でデビュー。同作で中山義秀文学賞を最年少受賞。13年『満つる月の如し 仏師・定朝』で新田次郎文学賞を受賞。その他、著書多数。 文藝春秋 1600円+税

 江戸時代の画家、伊藤若冲の名声はいまや国際的である。三年前、ワシントンのナショナル・ギャラリーでの「動植綵絵展」は、短期間に二十二万の観客を動員した。

 この天才画家の人柄や生涯についての当時の記録は、親友であった相国寺の学僧大典の文や、近年発見された『京都錦小路青物市場記録』など、少なからずある。『若冲』の著者澤田瞳子は、史料の周到な準備の上、想像力を駆使して独自の若冲像をこしらえた。

 まず驚かされるのは、若冲が青物問屋枡源の跡を継いだとき、周囲のすすめで結婚したという設定である。だが、絵を描くことに熱中し商いを放棄した枡源主人に対する家人の非難は、本人より妻に浴びせられ、妻はそのため土蔵で縊死する。妻を死なせたという自責の念は彼をますます画業に没入させると共に、生涯の心の重荷となる。

 姉を殺されたと若冲を恨み続ける義弟の弁蔵と、若冲に終始付き添う腹違いの妹お志乃が、かれの生涯の伴走者として物語りの縦糸となる。横糸は、若冲に好意を持ち彼の家に出入りする池大雅、愛娘くのへの煩悩を若冲に打ち明ける与謝蕪村、近くで工房を営む実直な円山応挙、西陣の織屋金忠らである。大雅は彼を、倒幕運動のはしりとなった宝暦事件に連座して蟄居(ちっきょ)中の公家裏松光世のもとに案内する。そこで弁蔵が描いた自分の偽物の出来栄えを見せられショックを受ける。

「動植綵絵」の記述はさておき、精彩を放つのは、画業を一時断って錦小路青物問屋閉鎖の危機に立ち向かう若冲の活躍ぶりであり、天明の大火の惨状を活写した箇所である。火を逃れる若冲はこのとき、行方を尋ねていた弁蔵が、妻を失い、赤子を抱いて途方に暮れる姿をみいだす。若冲は、弁蔵の依頼でお志乃とともに赤子を育てることとなる。晋蔵と名づけられ、すくすく育ったこの子に手伝わせて、老若冲は枡目描きの彩色「鳥獣図屏風」を完成させた……。

 若冲を生涯孤独な人と見るむきは多い。若い頃の嫁の死に責任を感じ、以後の生活を贖罪に宛てたという、著者の暗い若冲イメージは、それに輪をかけるものである。鳥や虫や小動物たちを愛したやさしい若冲、ユーモリスト若冲は、この本にはいない。「動植綵絵」の制作動機や、人を引き付ける不思議な美についても、文学者の視点から取り上げてほしかった。こうした点にいささかの不満を持ちながらも、著者の巧みなプロットと筆力につられて、一気に読み終えた。ドキュメントとフィクションの混ざり合った楽しさがある。