読んだ後、この国で生きていることが恐くなる本格的な謀略小説だ。主人公の東京地検特捜部検察官・冨永真一は任官十三年目の中堅だ。検察庁には東京大学、中央大学出身者が多いが、冨永は京都の同志社大学法学部出身だ。検事で地方私大出身者は、傍流である。実家は江戸時代から続く老舗の和菓子屋で、そのせいもあるのか、冨永は証拠を何よりも重視し、目の前にある事件を着実に処理していくという職人肌の検事だ。
冨永に、通産官僚から政治家に転身し副総理をつとめ、八十代の今も政財界に絶大な影響を持っている橘洋平を標的とする捜査が命じられる。冨永には五十代後半のベテラン事務官・五十嵐鉄夫がつけられる。有能な検察事務官がいると検察官の仕事は楽になる。五十嵐はきわめて有能だ。
冨永がこの事件に着手すると同時期に、幼なじみで大学の同じゼミ出身で文科省のキャリア官僚・近藤左門が失踪する。近藤は宇宙開発を担当している。ちなみに宇宙開発の技術はそのまま弾道ミサイルに転用できる。近藤が冨永に託したiPhoneに国家権力中枢に日本の機密情報をアメリカに流す複数のスパイがいるという情報が残されていた。その中で近藤は橘がアメリカのスパイだと弾劾する。失踪した近藤がiPhoneを冨永に渡るようにする仕掛け、さらにパスワード探しの描写も読者をわくわくさせる。
文科省が近藤を特定秘密保護法違反容疑で追跡する。冨永は橘に誘き寄せられる。橘は、iPhoneに残されたメッセージで近藤が自分を弾劾したのはカモフラージュで、自分は愛国者で近藤の庇護者であると強調する。橘は冨永に、東京地検が自分を逮捕せよ、そうすれば中江信綱内閣官房長官が、アメリカに通じ、本来は日本の国益となるものを損ねている輩として逮捕させる材料を提供させるという。橘が述べていることが真実なのだろうか、それとも謀略に冨永を巻き込もうとしているのだろうか。検察は橘を逮捕する。しかし、事態は意外な展開を遂げる。
冨永は、検察が世直しをするという発想が間違いと思っている。
〈「検察こそが権力なのだ」という橘の悲痛な叫びが頭にこびりついている。
だが、それは間違いだ。
検察は罪と罰を見つめる番人に過ぎない。権力意識を持った瞬間、冷静かつ適切な判断ができなくなる。〉
この醒めた認識がなければ、冨永も巨大な力によって消されていたであろう。最後のどんでん返しで検察の闇がかいま見える。
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