書評

家族とは、何なのか──古典的名作『エデンの東』へのオマージュ作品

文: 瀧井 朝世 (ライター)

『エデンの果ての家』(桂 望実 著)

 注目したいのは、まず、弟に対する感情。母の件に関しては、和弘は弟の無実を信じている。秀弘に嫉妬を抱いてきたはずだが、彼を殺人犯だと断定しない。カインのように憎いからと弟を殺すような残酷性はない、というわけだ。それは客観性を持って事実を見て公正な判断をしようとする当然の姿勢であるし、自分の身内が人殺しだと思いたくない、という自分本位の心理も働いているかもしれない。でもそこに弟への思いやりや愛情が感じられるのも確かだ。ここに彼の善良さが染み出ている。

 次に注目したいのは、父に対する感情。母の死を嘆き悲しんだりせず冷静に葬儀を取り仕切る父に反発を強める和弘だが、その後、次男の無実を証明するために懸命に弁護士を探す彼の姿を見て心がざわつく。この父親は事件の後も居丈高で独善的で、読んでいても鼻につくのだが、それでも、和弘だけでなく読者も、この人物に対しての印象が次第に変わっていくだろう。

 この物語が強烈に突きつけてくるのは、家族だからといって相手のことがすべて理解できているわけではない、という事実だ。次第に生前の母親や秀弘のさまざまな側面が見えてくる。和弘を驚かせたのは、大企業に就職を決めて親を喜ばせていたはずの弟が、その後ほどなく会社を辞めて現在は無職状態にあった事実。和弘の中では親に愛され祝福された存在であったはずの弟も、実はさまざまな思いを抱えていたようなのだ。カインコンプレックスに限らず劣等感を抱きやすい人間がよく陥りがちなのが、思い悩んでいるのは自分だけで、他の人間は恵まれて順調に生きている、と思い込んでしまうことだ。でも実際は、誰もがつまずいたり、迷ったりしながら生きている。そのことをさりげなく示唆してくれる人物背景が巧みだ。

 もうひとつ注目したいのは、和弘が、自分が父親になる自信がないという点だ。これは彼の家族観が強く反映した結果だろう。父親に愛された実感がないから、自分が父親として息子を愛するという確信が持てないという、不幸な連鎖が生まれてしまっている。カインコンプレックスを植え付けられた人間は、たとえ家族から離れ自立した後でも、その呪縛から逃れられないという残酷さが浮かび上がる。そんな彼が、幼い頃から持ち続けた劣等感を乗り越えて、家族を再構築できるのかも、読みどころである。

 

 これは親との確執を乗り越えて真の意味での成長を遂げる一人の青年の物語だ。でも、それだけではない。父もまた、成長するのだ。人間というのは何歳からでも変われるのだと教えてくれている。修復不能に思えた人間関係も、いつか心を通い合わせられる時がくると思わせてくれる。きっと、秀弘が有罪であれ無罪であれ、あるいは真実がどうであれ、この父と兄は、真剣に弟を救おうとするだろう。起きてしまった出来事は痛ましく許されるものではないが、それでも、人間を信じること、誰かを愛することを諦めなくてもいいのだと、説得力を持って描き切っているのが、この物語なのである。

エデンの果ての家桂 望実

定価:本体760円+税発売日:2017年08月04日