ささらの隣はハリキリ・セブンティーンのセンターの中岸みほりだ。列の長さも他のメンバーと較べて飛び抜けて長い。だから、変なファンが来る可能性も高い。
一時期、みほりのファンには変質者が多いという噂が立ったことがあるが、それは根拠のないものだった。変質者の発生率が一定なら、分母の大きい方が目につく可能性が高いだろう。みほりのファンに変質者が目立つのは当然のことだった。
だから、きっと変態のファンがみほりに抱き着こうとしたとか、あるいは局部を露出したとか、そういうことだろうと思った。
ああ。これで今日の握手会、中止かもね。
ささらは期待と幻滅が入り混じった複雑な心持で真横を見た。
目のつり上がった男がみほりの手首を掴んで引っ張っていた。
ああ。変態だ。警備スタッフ、早く来て。
握手会の会場には警備スタッフがいて、いつも彼女たちを見張ってくれている。ただ、バイト代が結構嵩むようで、それほど大人数ではない。今回も五人ほどだ。ファンの数が二百人を超えているのに、たったの五人では無理だろうと思う人たちもいるだろうが、二百人のファンだって、暴徒ではないのだ。大人しい二百人を相手にするのは五人でも充分だった。
だが、大人しくない人間がいる場合は話が違う。たとえそれが一人であったとしても、素人は即座に対応できないのだ。
警備スタッフはメンバーの背後に二名、ファンたちの列の後ろに三名配置されていた。
その全員が異常に気付いたのだが、即座に動いたものは一人もいなかった。
彼らは訓練されたプロではない。不測の事態に対応できないのは当然だと言えた。
「やめて!!」ついにみほりが声を上げた。
メンバー背後の警備スタッフはみほりの方に向かった。
会場のほぼ全員がみほりと彼女の手を掴んでいる男に注目していた。
ファンの背後の警備スタッフは混雑しているため、近寄ることはできない様子だった。
「悪いのはおまえだ。いつも色目を使いやがって!!」男はさらにみほりの腕を強く引いた。
みほりは前のめりになり、机の上に突っ伏す格好になった。
漸くみほりのすぐ後ろに警備スタッフが一人駆け付けてきた。
「お客さん、やめてください」警備スタッフは小さな声で言った。
「ああ?!」男は警備スタッフを睨んだ。
「すみません。迷惑になるんで……」
「この女が悪いんじゃないのかよ?!」男はさらにみほりの腕を強く引っ張った。
「痛い!!」みほりが叫んだ。
警備員は何を思ったのか、みほりの肩を掴んで、引き戻そうとした。
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2017.09.26ニュース
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