書評

「真の歴史の語り部」が描き切った「ラストサムライ」の生き様

文: 本郷 和人 (歴史研究者・東京大学史料編纂所員)

『ラ・ミッション 軍事顧問ブリュネ』(佐藤賢一 著)

3.東北という風土

 弘前に最勝院という寺院があり、そこに重要文化財指定を受けているものとしては日本の最北端に位置する五重塔が建っている。寛文七(一六六七)年に完成しているのだが、この塔はいわば時代遅れの産物である。江戸時代に流行した仏塔は、五重塔にせよ三重塔にせよ、軒が浅く、各層の大きさがさほど変わらない。細身でスマートなのだ。これに対し、最勝院の五重塔は、軒が深く、下に行くほど層がしっかりと大きくなっている。

 作られた当時は、最勝院塔はさぞや野暮ったく見えただろう。だが、時代が移って現代からみると、美しいのはどう見てもこちらだろうとぼくは思う。マッチ棒のようで安定感を欠く江戸時代塔に対し、堂々たる安定感を持ち古式ゆかしい最勝院塔。この塔の前に佇むとき、流行とは何だろうと不思議に思う。

 岡本公樹の『東北 不屈の歴史をひもとく』(講談社)に詳しいが、東北地方の歴史は苛酷である。畿内の政権は公家・武家を問わず、東北を単なる収奪の対象(とくに金と駿馬)として認識してきた。あれだけ広い土地に陸奥と出羽の二カ国しか置かれなかったことが端的に物語るように、丁寧な統治を行うつもりは、はじめからなかったといっても過言ではない。中央は東北に征討の軍を五度送り、そのすべてに東北は敗北した。

 江戸時代も辛苦の日々は続く。幕府は南方の作物である米をむりやり作らせ、貢納を命じた。だから本来は稔り豊かな土地がらであるにもかかわらず、天気が不順であるとすぐに凶作に見舞われ、多くの餓死者を出した。ところが幕末においては、けっして優しくなかった徳川将軍家に味方する「奥羽列藩同盟」を結成し、新政府軍と戦った。薩長の兵は「白河以北、一山百文」と侮蔑の言葉を投げかけながら、朝敵となった東北を蹂躙した。

 佐藤は、最後の最後まで新政府軍に抗った庄内に生まれ育った。だから官軍に屈しない、長いものに「巻かれない」男たちが、いとおしくてたまらぬのだろう。臨場感に満ちた名作との定評がある『新徴組』(新潮社)は、著者には珍しい日本史時代小説であり、新撰組の沖田総司の義兄・沖田林太郎を主人公として、庄内藩の戦いを活写している。この仕事の延長線上に、本書は呱々(ここ)の声を上げたのである。

 いっとき「KY=空気を読めない」という語句が頻用され、大勢に追随することがよしとされた。いや、よしとは言わぬまでも、無難であると推奨された。たしかに時流に棹さし、巧妙に立ち回れば、それなりの富と名声を得られるであろう。だが、それがなに?と最勝院の五重塔は問いかけているような気がする。流行に乗れなくても、観光客が訪れなくとも、寒空に凜と立つ塔は、確かに美しい。

 人もまた、同じだろう。時世に適合しているかどうかは、他者が評価すれば良いことである。自分の人生を勇気をもって生きること。困難な時にこそ「エスプリ」を示せる「ダルタニャン」たること。それこそが男なのだ。「ラストサムライ」ジュール・ブリュネの格好良い生き様はそれを教えてくれる。そしてそれを描ききった本書もまた、疑いようもなく格好良いのだ。

ラ・ミッション佐藤賢一

定価:本体990円+税発売日:2017年12月05日