書評

生きるという路上において、たった一人でぽつんと立っている迷い子たちの記

文: 中島らも (作家)

『天人唐草 自選作品集』(山岸凉子 著)

『天人唐草 自選作品集』(山岸凉子 著)

 SE(風呂場の水滴などの音)
 子・九七、九八、九九、ひゃ~く!やった。百数えたからお風呂出るよ、母さん。
 母・だめでしょ。もっともっとあったまらなくっちゃ。
 子・え、もっと?
 母・そう。一万数えるまで出ちゃだめよ。
 子・げ。


 子・九九九七、九九九八、九九九九、いちまんっ。やった。一万数えたよ。
 母・よおく我慢できたね。
 子・ね、母さん。ひとつ聞いていい?
 母・なに?
 子・お母さんは僕のほんとのお母さんじゃないんでしょ。
 母・ぎょっ! まあ、ほほほ、何言い出すの、この子ったら。
 子・いや! ほんとのお母さんなら、子どもを一万数えるまでつからせるなんてことができるわけがない。お母さん、ひょっとして、妖怪コドモユデじゃないの。
 母・よくわかったね。そういうおまえこそ、普通の人間の子なら一万数えるまでお湯につかっていられるわけがない。さてはおまえ、妖怪ユザマシだね?
 子・けっけっけ。よくわかったね。......でも......。
 母・どうしたの。
 子・よく考えると僕たち、知らない同士でお風呂はいってたんだね。
 母・今ごろ前かくしてどうする!


♪ちゃんちゃん♪


 冗談はさておいて、だ。

 フィクションが現実を見貫く「まなざし」に他ならない、ということを拒否なさるフィクション嫌いのあなたに。では現実なるものを開陳しよう。僕はこの五日ほど、新聞を眺めて迷い子探しをした。たったの五日ほどのことである。

天人唐草山岸凉子

定価:本体780円+税発売日:2018年09月04日


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