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山岸凉子特別インタビュー 怜悧なまなざしで作品世界に切り込む! 読むたびに、新しく、胸に突き刺さる傑作集

山岸凉子特別インタビュー 怜悧なまなざしで作品世界に切り込む! 読むたびに、新しく、胸に突き刺さる傑作集

門田恭子 (ライター)

『天人唐草 自選作品集』(山岸凉子 著)


ジャンル : #コミック・コミックエッセイ

『天人唐草 自選作品集』(山岸凉子 著)

 山岸凉子さんの作品は怖い。人が殺し合うわけでも、血を流し合うわけでもない。なのに読み終えると、得体の知れない恐怖がわきあがってくる。誰も救われず、幸せになれない結末に暗澹とすることもある。それは当然なのかもしれない。

「イヨウナモノに私は心惹かれる」と山岸さんはいう。

 知人から聞いた話、テレビのニュース、ふとした出来事。物語のヒントは日常の中にいっぱいある。でも、山岸さんのアンテナに引っかかるのは、現実からちょっとズレた、いびつなエピソードばかり。心温まるいい話より、エーッ、そんなことってあるの? それって普通じゃないよねという話が大好物だ。

「それを私は頭の引き出しに仕舞っておく。すぐには使えなくてもいい。あとになって、そうそうあの話、気になっていたのよねと引っ張り出して作品に利用する。さりげないワンシーンとして、ときには物語の骨格となるアイデアそのものとして」

 二十一歳でデビューしてから半世紀ものあいだ、山岸さんはそうやってセンセーショナルな作品を送り出してきた。

 異様といえば、忘れられない出来事があった。

「あれはデビューから数年間、カリカリと必死で下手な絵を描いていたころだったかしら。郷里の北海道に帰ろうと向かった羽田空港で、ロビーの奥からゲェーッ、ゲェーッと怪鳥が鳴くような声が聞こえて……。金髪にド派手なフリフリのドレスを着た『天人唐草』の響子にそっくりな女性がこっちに歩いてきたんです」

 そう、この作品の最初に登場する衝撃のシーンは実際に羽田空港で見た光景そのものなのだ。本作が発表されたのは四十年近く前だが、今も響子と同じような悩みを抱えた人は少なくないはずだ。男女平等がうたわれても、夫は家に帰れば「キミも働いていいよ、ただし、家のことをちゃんとしてくれるならね」と平気で妻にいう。

「まして私が子供のころはもっとひどい、男尊女卑の封建的な考え方にこり固まった響子の父親そっくりの男性がいっぱいいました。古いアシスタントさんによると、私は『天人唐草』のひとコマ、ひとコマを“あぁ、イヤだ、イヤだ”とうめきながら描いていたんですって。響子と私の生い立ちに共通点が多すぎて、息苦しくなっていたのね。うちの場合、父は寛容でしたけど、母はつねに男女の役割が頭の中にある人でしたから」

 男の子はいいの、でも、女の子はねと厳しく躾けられて自信を失い、山岸さんはオロオロと顔を伏せたまま大人になっていった。今の怖いものなしの姿からは想像できないが、お客に茶を一杯出すにも粗相をしないかと手が震えるほどだったという。

「羽田で見た彼女は内心恐れてきた将来の自分そのものに思えた。他人事じゃない。いつか自分も精神を病んであんなふうになると、切実な恐怖を感じたのです」

 山岸さんには漫画家という仕事があり、自分の居場所を見つけることができた。響子にも変われるチャンスはあったはずだ。とくに同じ役所に勤める先輩の「君はみえっぱりだ」という指摘は次に踏み出す絶好の機会だったのに、あっさりとスルーしてしまう。そして物語は一気に悲劇の結末へ。普通の少女漫画ならこのへんで理想の男性が現れ、ヒロインを苦境から救い出してくれるのだが、山岸さんはそんなに甘くない。みずから乗り越える努力をしない人は幸せになれないと信じているからだ。

 さて、印象的なタイトルの「天人唐草」について。

「東京に来て初めてあの花を知ったのですが、フグリの意味にギャッとなった(笑)。そうしたらアシスタントさんのひとりが、天人唐草の別名もあるみたいですよと教えてくれて。そっちのほうが素敵だし、ふたつの名前のギャップが面白くて」

 響子はラストで「きっとわかってくれるわ、あの人は」とつぶやく。あの人とは彼女が夢見る理想の男性のことだろうか、それとも父親? どちらにしても痛ましい。

「ハーピー」は山岸さんに大きな影響を与えたギリシャ神話に登場する女面鳥獣の怪物と、心理学の本で知った幻臭という言葉を結びつけて生まれた作品である。

「小学一年生のとき学校の引率でディズニー映画の『ファンタジア』を見て以来、私はギリシャ神話に夢中になりました。ケンタウルスにアポロン、悪魔たちの饗宴と、私にとって大好きな世界が目の前にあったのです。もう少し大きくなってからは、北欧神話のワルキューレをモチーフにした水野英子先生の『星のたてごと』。このふたつの作品に出会ってなかったら漫画家になっていなかったかもしれません」

 幻覚も幻聴も怖いが、臭いにはまた違った怖さがある。まして、それが死臭であれば。すぐそばに異様なものがいるのに、誰も気づかないという焦り。主人公の春海の目線を通して、読者の目にも川堀苑子の背中に黒々と広がる蝙蝠の羽が見えたかもしれない。「確かめるんだ、ぼくしかいない」と忍び込んだ女子更衣室で、彼が見たものは? ここで場面は鮮やかに切り替わり、初めて物語の真実を知ることになる。

「起承転結でいえば転の部分です。読者の思惑や予想をうまく外してあげる。私の場合、起と結が定まればストーリーはできたも同然。ハーピーはほんとうにいたという結末にもっていくのも可能ですが、ここは地に足のついたリアルな話にしたくて」

 見てはいけない狂気の淵をのぞいたような怖さがジワジワとわいてくる作品だ。


 ある評論家に「山岸凉子の漫画は主人公がみんな死ぬか、気が狂う作品しかない」といわれたことがあったそうだ。いやいや、そんなはずはないでしょ、ハッピーエンドもあったはずと、過去の作品をひっくり返したら……?

「あらまぁ、ほんとうに不幸な結末ばかり。自分でも驚きました(笑)。百パーセント恵まれて幸せな人は私の作品では悪役か、よくても脇役止まり。なんとも情けないです」

 この自選集の中でも「狐女」はひときわ陰惨な色合いが濃い。主人公の理は頭は切れるが、冷酷でねじくれた性格の持ち主だ。九歳にしては早熟すぎるように思えるが、「注意深く見ると、あのくらいの年齢でも大人顔負けの知恵が働く子はけっこういるはず」と山岸さんはいう。悲劇の始まりは十代の実の娘に手をつけて、子供を産ませたケダモノのような父親である。胸が苦しくなる設定だが、理が周囲から疎まれる理由もすっと腑に落ちる。近親相姦というきわどいテーマを山岸さんは代表作の「日出処の天子」を含めて、多くの作品で取り上げてきた。

「タブーを畏れる気持ちねぇ……、私は全然ないの(笑)。変態みたいだけど、むしろそれをテーマにして読者を驚かせたいと思うくらい。ブレーキを踏んで表現したい衝動を抑えられるのはまともな人。でも、人の心をつかむ作家にはなれない。若い人にもよくいうの、自分の恥をさらけ出せる人だけが漫画家になれるのよって」

 東京にもどる列車の中で、理の胸にともった冷たく青い狐火は、彼が抱いた孤独そのものだ。九歳の子をここまで容赦なく、突き放して描ける山岸凉子という人があらためて恐ろしくなってくる。


「籠の中の鳥」に登場するトリの一族は“飛ぶ”能力を持っているかわりに、からだのどこかにハンデを背負って生まれてくる。主人公・融のお祖母さんは死者とコミュニケーションすることはできるが、目は見えない。

「というのも、ある突出した能力は何かと引き換えでしか得られないと私は考えているから。持っている能力の量はみんな同じ。きれいな丸い形をしている人もいれば、ある部分がへこんでいるかわりに、反対側が飛び出している人もいる。その突出した部分こそが才能であり、芸術や科学をさらなる高みへ引き上げてきたのだとも思う」

 どこにも欠けたところのない融は“飛ぶ”能力のない無用のトリだ。そんな彼の前に人見という良き理解者が現れる。ふたりは父子のような絆で結ばれながら、じつは同性愛的な感情で互いに惹かれ合ってもいる。だからこそ、実の祖母の死には発揮されなかった能力が、人見を失いかけたときに一気に解き放たれたのだ。山岸さんは「日出処の天子」の中でも厩戸王子(のちの聖徳太子)を超能力者として、また、同性愛者として描いた。異端とされるものに注ぐ著者のまなざしは深く、どこか切ない。

 融が初めて“飛ぶ”瞬間を象徴した、あの大きな港の風景は……?

「人はよく飛ぶ夢を見るというけれど私は一度も経験がなくて、なぜかしらと不思議に思っていたら、ある晩、突然、飛んでいる夢を見た。目覚めても強く印象に残っていて、その夢を見たままに描きました。豪華客船が横浜に入港したというニュースが頭の片隅にあったのでしょう。私にはめずらしく幸せな結末を迎える物語ですね」

 子供のころ、山岸さんのまわりには戦争体験を持つ大人がいっぱいいた。壁に焼きついた人の影、全身からはがれ落ちた皮膚。小学校の先生が話してくれた原爆の悲惨さは子供の想像を超えていた。「だから私は今も核が怖くてたまらない」と山岸さんはいう。「夏の寓話」には原爆に対する作者の断固とした意志が貫かれているが、表現はどこまでも淡く、抒情的だ。学生のころに読んだトルコの詩人の「死んだ女の子」という作品から着想を得た。ラストで紹介される「扉をたたくのはあたし」という書き出しで始まる痛切な詩である。

 アシスタントさんたちとの九州旅行で訪ねた長崎の原爆資料館で山岸さんは奇妙な体験をした。

「展示室の天井から“アー、アー”という女性のか細い声が聞こえてきたのです。戦火を逃げ惑う人のうめき声にも似ていて展示室の音響演出かと思っていたら、あとでアシスタントさんたちに“いや、先生、そんな声は”と否定され、背筋が凍りついたのを覚えています。徹夜続きで脳がハイになり、一時的な霊感体質になっていたのかしらね?」

 当時の少女漫画としては衝撃が大きかったらしく、本作は編集部からいろんなクレームがついた。見開き二ページを真っ白にして片隅に原爆の強い光を浴びる少女を小さく描いたら、白紙のページに原稿料を払うのは納得できないともいわれた。

「自分ではこの作品の核になる重要な表現と思っていたのに、まるで手抜き仕事みたいないわれようで(笑)。今ではそれも笑い話ですが」

 終戦から七十年以上たって、原爆も戦争も遠い昔のことになった。自選集に収められた五作品が発表された当時と比べても、社会は大きく変わった。

「今の読者に、とくに若い人たちの胸にこれらの短編がどのように届くのか、ドキドキするような、楽しみでもあるような」と、山岸さんは笑顔を見せる。念のためにおことわりしておくと、作品と作家は別ものであり、ふだんの山岸さんは怖くもなければ、気難しくもない。仕事のかたわら、四十代から再開したバレエのレッスンに通い続ける素敵な女性だ。その怜悧なまなざしで人間の心理に切り込んだ作品は読むたびに新しく、胸に突き刺さる。自選作品集『天人唐草』を入口にして、山岸さんの作品世界の虜になる人は間違いなく増えるはずだ。

文春文庫
天人唐草
自選作品集
山岸凉子

定価:902円(税込)発売日:2018年09月04日

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