ふたりが最後の一線を越えた日のこと
「牧水と小枝子は明治41年の正月を房総半島の根本海岸で迎えます。そしてついに最後の一線を越えました。牧水はその歓びを、『山を見よ 山に日は照る海を見よ 海に日は照る いざ唇(くち)を君』と詠みました。まさに恋の絶頂で、世界は2人のためにあるという感じですが、実は2人きりではなかった。研究書を読んで第3の同行者の存在を知ったときは椅子から転げ落ちるほど驚きました(笑)。にわかにワイドショー的な興味も湧いてきて、いつか牧水の恋について書いてみたいと思っていました」
初恋にしては複雑すぎる小枝子との関係に牧水は悩み、痛飲するようになる。そして出会いから5年後、2人は別れを選んだ。
「牧水の短歌を読めば読むほど、自分の気持ちに真っ直ぐ向き合った純粋な人だと思いました。背景にある小枝子とのすったもんだを知ったうえで短歌を読み返しても、その輝きはまったく褪(あ)せません。むしろ様々な葛藤や苦しみがあったからこそ生まれた傑作なのだと納得できました。短歌は心そのものの塊みたいなもの。表面上の意味だけでなく、その奥まで掘り進めていくと、あるとき言葉の底に沈んでいるものを見せてくれる。その瞬間はとても楽しく、鑑賞の醍醐味だと思います」
『牧水の恋』
酒と旅の歌人・若山牧水は、恋の歌人でもあった。初恋の相手・園田小枝子は、実は子持ちの人妻だった。彼女はその素性を隠して上京し、交際を始めるが――。代表作『別離』をはじめ、恋の絶頂から別れまでの秀歌を鑑賞し、友人への手紙や研究書を紐解きながら、牧水が身を焦がした初恋の真相に迫る。
こちらの記事が掲載されている週刊文春 2018年10月11日号
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