『ハゲタカ』シリーズなどで知られる小説家・真山仁氏の最新作『シャドーゲーム』(文藝春秋)は、戦後最大の疑獄とされるロッキード事件を題材にしたスパイ小説巨編。真山氏はノンフィクション『ロッキード』(現在は文春文庫)を2021年に上梓したが、あらためてこの事件を小説として描くことに挑戦した。その狙いはどこにあるのか、真山氏に聞いた(本稿は去る7月20日にブックファースト新宿店(東京)で行われた「『シャドーゲーム』刊行記念トークイベント」から一部を抜粋・再構成したものです)。
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田中角栄逮捕から50年の節目に
真山氏が戦後最大の疑獄事件を徹底取材した『ロッキード』は読者から大反響を呼び、ベストセラーとなった。通説に疑問を提示するとともに、不均衡な日米関係や検察の捜査のあり方など現代に繋がる問題を浮き彫りにして、真山氏も手応えを感じたという。
真山 しかし、いかんせん50年近く前なので、取材時点で関係者の多くが亡くなっていました。執筆を進めるにつれて、様々な発見があり、自分なりの「ロッキード事件の真実」も浮かんできましたが、ノンフィクション、つまり事実として書くために必要な裏取りができず、越えられない壁があった。たぶんこういうことが起こっていたのではないか、という見方を示すに留めざるを得なかったんです。
初のノンフィクションとしての評価は高かったものの、自ら掴んだ「ロッキード事件の真実」を書き切れなかった悔いが残った。真山氏はこれまで、しばしば「真実は小説でこそ書ける」と発言してきたこともあり、読者や周囲から「なぜ小説で書かなかったのか」という声も多く届いた。
真山 2026年7月27日が、田中角栄逮捕からまる50年という節目にあたるという意識もありました。
これらに後押しされる形で、真山氏は小説化を決意したという。小説化にあたっての狙いを真山氏はこう語る。
CIAにフォーカスを当て別の角度から事件を見る
真山 ロッキード事件を、別の角度から見てもらおうと思いました。具体的にはまず視点をアメリカ側にも複数置きました。従来の報道やノンフィクションは、日本からの視点で描いたものがほとんどでしたが、『シャドーゲーム』の7割くらいはアメリカが舞台です。
そもそもロッキード事件はアメリカでの企業の不正追及から始まった。日本での出来事の多くは「受け身」であり、「震源」であるアメリカに迫る必要があった。
真山 もうひとつはCIAの存在にフォーカスを当てることです。ロッキード事件では陰に陽にCIAの関与が取り沙汰されていましたが、疑惑にとどまっていた。しかしCIAに触れずには、この事件の真相に迫れないと思いました。アメリカは戦後ずっと日本に諜報機関を置いていて、日本が共産主義に走らないように、暴走しそうな人を取り込んだり排除したりしてきました。ロッキード事件には実際、CIAのエージェントらしき人が見え隠れしますが、本人は既に亡くなっています。アメリカの思惑を遂行するCIAがどう事件に絡んでいたのか、推測ができてもノンフィクションでは書けません。そこで『シャドーゲーム』では、CIAの動きを中心のひとつに据えて、アメリカでの動き、日本にいるCIAのアセット(現地協力員)の動きを描くことで、この事件の中にまったく違う風景を見てもらえると考えたわけです。
実在の人物と架空の人物
『シャドーゲーム』を読み進めると、実在する人物をモデルにしていると思われる登場人物が多く出てくる。
真山 『シャドーゲーム』は事実をもとにしているとはいえ、フィクションです。実在の人をモデルにしていても、まったくイコールではありません。ですから、あからさまにわかりやすい場合でも名前を変えています。
たとえば、誰が読んでも田中角栄がモデルと思うであろう山本源太という総理が出てきます。私は実際に田中角栄さんにお会いしたことはないし、田中さん自身について全部分かるわけではない。ただひたすら資料や周辺にいた証言者(の証言)から想像するしかありません。そういう人物を小説の中で実名で動かすのは非常に難しい。人物を自由に動かすためにも、名前を変える必要がありました。
ただ、これは反省ですが、少々名前を変えたとしても、読者には「これは角栄だ」「ニクソン大統領だ」「児玉誉士夫だ」と分かってもらえると思っていたんです。ですが事件から50年が経過した今やどうもそうではないらしい。登場人物とモデルの対照表をつくるべきだったかと思いました(笑)。
もちろんまったくの架空の登場人物もいます。1人は、総理から非常に信頼されている新聞記者です。渦中の前総理に「今どう思っている?」と、誰もが一番知りたかったことを聞ける人物です。
もう1人、日本の若い検事をアメリカに行かせました。実際の事件では、日本の検察は情報を全然掴めずに、最初はずっと新聞の後を追っていたんですが、小説では彼が裏で情報をどんどん集めてくるという設定にしました。
そしてさらに、アメリカ側には女性記者を配しました。ウォーターゲート事件でニクソンを追い詰めたワシントン・ポストに対抗心を燃やすニューヨーク・タイムズの記者です。その女性記者と日本の若き検察官が高校生の頃に交流があったという設定です。
こうした人物たちが自由に動き回るおかげで、情報の流れが良くなり、今まで我々が知らなかったことや、想像していた部分に補助線を入れることができます。それによって、ロッキード事件の裏側(シャドーの部分)で何が起きていたかが浮かび上がります。
『シャドーゲーム』が描き出す「真実」
では『シャドーゲーム』で描き出された「ロッキード事件の真実」とは何だろうか。しばしば、田中角栄はアメリカにつぶされた、エスタブリッシュメントである当時のキッシンジャー大統領補佐官が、成り上がりの田中を嫌ったのがその理由だ等とも言われてきた。
真山 キッシンジャーという人を考えると、単に嫌いだから田中をつぶそうとするのはありえないと思います。彼はもともと第二次世界大戦直前にドイツから移民してきて、愛国心と国家防衛の意識からスパイ活動をやっていた人。戦後はハーバード大で非常に優秀な教授として知られています。70年代以降は20世紀最大の策謀家と言っていいくらい、何から何まで彼が画策して上手く動かしていた。その彼が、日本の総理大臣を潰す意味は全然ないように見えるんですけど、結果的にはどんどん角栄を追い詰めていった。
その理由としてよく言われるのは、アメリカより先に中国と国交回復したのが気に入らなかったとか、あるいはオイルショックの時に田中首相が世界中の産油国と組んで自主外交をしようとしたことへの苛立ちです。アメリカの権益を侵して「虎の尾を踏んだ」という見方ですね。
でも、「虎の尾を踏む」には、日本とアメリカが対等でなければいけない。当時は――今でもそうだと私は思いますが――、どう考えても日本はアメリカの“属国”で、真にアメリカと対立なんて出来るはずがない。だからアメリカが本気になって潰しにかかるとは考えにくいんです。
ではなぜ田中は追い詰められたか。私が採ったのは、キッシンジャーは誰か「見せしめ」を出さなきゃいけなかったんじゃないかという視点です。キッシンジャーは日本で起きているアメリカの不都合なスキャンダルを阻止したい、その見せしめに選ばれたのが田中だったんじゃないかという考えを『シャドーゲーム』では展開して、読者の皆さんに「どう思いますか」と問いかけています。
ロッキード事件に対する思い
『ロッキード』では資料や証言に裏打ちされたノンフィクション、『シャドーゲーム』では想像や推測を交えたストーリー展開と、異なる視点からロッキード事件を描き出した真山氏は、事件にどんな思いを持っているのだろうか。
真山 日本という国の良いところでもありダメなところでもあるのは、国全体が1つの考えに固まりやすいことです。スポーツの応援や震災の時にはその結束力は大きな力になりますが、別の面ではすごく危険でもあります。ロッキード事件では、田中角栄が捕まった時、日本中が検察官になった。「あんな悪い奴を総理にして失敗したから、何が何でも捕まえろ」というムードが席捲しました。
なぜ1つの悪に対して1つの正義しか見えないのか。多くの日本人は、自分の見たいものしか見ない。50年前もそうでしたが、今はますますその傾向が強まっています。でも世の中は見たいもの以外のところでも回っている。『シャドーゲーム』ではアメリカをメインに描くことで、アメリカが日本をどう見ていて、どう落とし込もうとしているのかという距離感のある視点を示したかったんです。
見えていない影(シャドー)を大事にしてほしい。光を当てすぎると影が見えなくなりますが、反対の視点や闇の部分の存在を常に意識してほしい。真実というのは、真っ白だと思って見ていたものが見方を変えればどんどん黒くなり、時には赤くなるというものなんです。『シャドーゲーム』という小説を通じて、視点によって善悪が入れ替わる面白さをお楽しみいただきつつ、「社会ってそういうものなんだ」と気付いていただければ本望です。









