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『京洛の森のアリス III』望月麻衣――立ち読み

出典 : #別冊文藝春秋
ジャンル : #小説

別冊文藝春秋 電子版24号

文藝春秋・編

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「別冊文藝春秋 電子版24号」(文藝春秋 編)

 その話題になったとき、ちょうど通りを東へと曲がり、鴨川沿いに出た。

 朝の太陽の光が水面に反射して、キラキラと輝き、白鷺たちが、羽ばたく姿も見える。

 美しさに会話が途切れ、ありすは鴨川を前に眩しさに目を細めた。

 川の向こうにうっすら岸は見える。

 だが、深い霧に包まれているのも相変わらずだった。

 ありすは、五条大橋を渡って、この『京洛の森』へとやってきた。

 だとするなら、この川の向こうは、元いた世界なのだろうか?

 川の向こうをジッと見ていると、霧の切れ間に見えた景色がぐにゃりと歪んでいるようで、ありすは恐怖を感じて目をそらす。

「おっ、ありす、春香さんの店が見えてきたぞ」

 肩の上で、蓮が陽気な声を上げる。

 彼が指差す方向には、春香の生花店が見えた。

 その手前には、『ワインとチーズの店』があった。

 そこは、夜だけ開店しているため、今は当然のごとく閉まっている。

「ああ、また行きたいですねぇ。ここは本当に良い店です」

 ナツメは、熱っぽく洩らして、店の前を通り過ぎる。

 そうして、春香の生花店まで来て、ありすは首を傾けた。

「ローズセレクト……?」

 店先に『rose select』と書かれた素敵な看板が掲げられていたのだ。

 生花店の扉は開放されたままであり、中を覗くと、以前と少し様子が違っている。

 店内は、すべての花が薔薇に変わっていた。

 切り花や鉢植えなどの生花だけではなく、ドライフラワー、プリザーブドフラワーなどもある。

「すっげぇ、薔薇の甘い香り」

「これは、見事に薔薇一色ですねぇ」

「うん、びっくりした」

 三人が圧倒されていると、薔薇を水揚げしていたらしい春香が、店の奥から姿を現した。

「ありすちゃんに蓮君、そしてナツメさん、おはようございます。いらっしゃいませ」

「春香さん、おはようございます。驚いた、いつの間にか薔薇だけになったんですね」

 ありすは店内を見回しながら、しみじみと言う。

「そうなの。最初は季節の花々を取り扱っていたんだけど、ちょっと大変になってきてね。そのうちに自分が好きなのは花というより、薔薇なんだって気が付いて、思い切って薔薇の専門店にすることにしたの」

「そうだったんだ」

 ありすは、納得して首を縦に振る。

別冊文藝春秋からうまれた本

電子書籍
別冊文藝春秋 電子版24号
文藝春秋・編

発売日:2019年02月20日

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