その話題になったとき、ちょうど通りを東へと曲がり、鴨川沿いに出た。
朝の太陽の光が水面に反射して、キラキラと輝き、白鷺たちが、羽ばたく姿も見える。
美しさに会話が途切れ、ありすは鴨川を前に眩しさに目を細めた。
川の向こうにうっすら岸は見える。
だが、深い霧に包まれているのも相変わらずだった。
ありすは、五条大橋を渡って、この『京洛の森』へとやってきた。
だとするなら、この川の向こうは、元いた世界なのだろうか?
川の向こうをジッと見ていると、霧の切れ間に見えた景色がぐにゃりと歪んでいるようで、ありすは恐怖を感じて目をそらす。
「おっ、ありす、春香さんの店が見えてきたぞ」
肩の上で、蓮が陽気な声を上げる。
彼が指差す方向には、春香の生花店が見えた。
その手前には、『ワインとチーズの店』があった。
そこは、夜だけ開店しているため、今は当然のごとく閉まっている。
「ああ、また行きたいですねぇ。ここは本当に良い店です」
ナツメは、熱っぽく洩らして、店の前を通り過ぎる。
そうして、春香の生花店まで来て、ありすは首を傾けた。
「ローズセレクト……?」
店先に『rose select』と書かれた素敵な看板が掲げられていたのだ。
生花店の扉は開放されたままであり、中を覗くと、以前と少し様子が違っている。
店内は、すべての花が薔薇に変わっていた。
切り花や鉢植えなどの生花だけではなく、ドライフラワー、プリザーブドフラワーなどもある。
「すっげぇ、薔薇の甘い香り」
「これは、見事に薔薇一色ですねぇ」
「うん、びっくりした」
三人が圧倒されていると、薔薇を水揚げしていたらしい春香が、店の奥から姿を現した。
「ありすちゃんに蓮君、そしてナツメさん、おはようございます。いらっしゃいませ」
「春香さん、おはようございます。驚いた、いつの間にか薔薇だけになったんですね」
ありすは店内を見回しながら、しみじみと言う。
「そうなの。最初は季節の花々を取り扱っていたんだけど、ちょっと大変になってきてね。そのうちに自分が好きなのは花というより、薔薇なんだって気が付いて、思い切って薔薇の専門店にすることにしたの」
「そうだったんだ」
ありすは、納得して首を縦に振る。